「防災拠点機能ビル」に求められた機能
2011年に発生した東日本大震災。帰宅困難者の大量発生、交通網の麻痺に加え、計画停電、断水に排水不全といった「当たり前にあるインフラ」が喪失した経験は、今でも忘れることができません。
2003年に「国際ビジネス拠点の強化」を目指してスタートした再開発「大手町フィナンシャルシティ」は、この震災を経て「高度防災都市づくりへの貢献」というテーマへと大きく舵を切ることになりました。
こうした中、この「グランキューブ」も防災性の高いインフラ・空調を備えた「BCD (Business Continuity District)=事業継続基盤強化地区」という概念に基づき、防災拠点として機能する複数のビルが災害時に連携することで、エリア全体の防災機能や事業継続性を確保するだけなく周辺地域の防災性向上をも担うビルとして再計画されました。
そして、震災の経験から、「当り前にあるインフラ」が喪失しても地区を維持するためには、どうしても「水を自立させること」が必要であることが分かりました。
水を「つくる」「捨てる」仕組みで完全な自立を実現
この建物には、敷地内で掘削した井戸水を飲用可能なレベルまで処理できる「井水処理設備」が設置されています。井水は、普段は建物内のコージェネレーション設備の冷却水として使用していますが、上水の使用ができなくなった災害時には、この井水を処理して建物全体に飲料水を供給できるよう計画しています。
同時に、建物から出される汚水は、建物内の「都心浄化設備」と名付けられた下水処理設備により、隣接する河川に放流できる水質まで浄化(排水処理)することが可能です。ただし、この「都心浄化設備」は微生物のはたらきにより浄化を行うため、災害時に活躍させるためには普段から微生物を生かしておかなくてはいけません。そこで、本設備は通常時も稼働し続ける計画としました。こうして、今この時も、ここで適切に処理された排水が、下水道ではなく敷地に隣接する日本橋川に放流されています。
このように、飲み水のみならず排水も自ら処理することができて初めて「水の自立」と呼ぶことができるのです。
「水の自立」でまち全体のBCPに貢献を
この建物には深さ1,500mの温泉用井戸があり、「大手町温泉」として併設するホテルや地階のフィットネス温浴施設に供給されています。
災害時にはこの温浴施設を開放することで、ホテルを滞在拠点として活動するレスキュー等の災害活動要員のほか、事業継続に携わる従業員、ボランティアの方々などの衛生環境に寄与します。
万が一の際でも、通常時と同じ使い勝手でビルユーザーの活動を支えることができるのも、「水の自立」が実現できているからです。都心のビジネス拠点に位置するオフィスビルとして、地域に対しても衛生面の安心と安全を提供し、BCP(=Business Continuity Planning、事業継続計画)に貢献しています。
- コージェネレーション設備とは、天然ガス、石油、LPガス等を燃料として、エンジン、タービン、燃料電池等の方式により発電し、その際に生じる廃熱も同時に回収するシステム。この建物にはガスエンジンによるコージェネレーション設備が設けられ、廃熱は蒸気として地域冷暖房プラントと融通しています。
Designer's Voice
設計者
機械設備設計部 / 2002年入社
伊藤 重人
Shigeto Ito
水の自立は事業主のみならず、行政の方々の多大なるご理解・ご協力、さらには日々メンテナンスされている皆さまのお力により、その意義を初めて実現することができています。そんな設備があるのか、と思いながら建物を眺めていただけたら、これほど嬉しいことはありません。
※所属はプロジェクト担当時点
Data
物件名 | |
---|---|
所在地 | 東京都千代田区大手町1丁目9-2 |
敷地面積 | 約11,200㎡ |
延床面積 | 約193,600㎡(ホテル建物除く) |
規模 | 地上31階、地下4階、塔屋2階 |
高さ | 約170m(最高高さ) |
竣工 | 2016年4月 |
主要用途 | 事務所、店舗、駐車場、地域冷暖房施設 等 |
設計・監理 | 三菱地所設計・NTTファシリティーズ設計共同企業体 |
施工 | 戸田建設(建築)、ユアテック(電気)、高砂熱学工業(空調)、斎久工業(衛生) |
受賞 |
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Update : 2022.11.10