2024.05.13

R&D DISCUSSION Vol.52

次世代交通とこれからの都市計画 [中編]

森本 章倫 早稲田大学理工学術院教授、日本都市計画学会会長

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[写真1]2023年8月に開業した芳賀・宇都宮LRT「ライトライン」

Q : 「ネットワーク型コンパクトシティ」の軸となる次世代交通の活性化に向けて、どのような事例や構想がありますか?

A : まず、なぜLRTやBRTが次世代交通と呼ばれているのかをご説明します。未来の都市インフラにおける交通手段を考える際、輸送力と道路空間の関係を見る必要があるのですが、1時間で1万人が移動するためには、どんな道路がどれくらい必要か、NACTO(全米都市交通担当者協会)による分析結果があります[スライド1]。
車は1レーンに800台走行させる場合、13レーンの幹線道路が必要ですが、バスなら1レーンに80台走行させれば2レーンで済みます。たとえ車を自動運転車両にして無駄な車間距離を削ったとしても、交差点部分は数珠つなぎにできず、余力を持たせておかないと右折や左折ができません。車に必要な道路空間はあまり減らせないのです。車に翼をつけた「空飛ぶ車」が登場したらどうでしょう。1分間に42機が離陸するとして、38レーンの幹線道路が必要になります。走行は空中でも、離着陸のための空間は地上に用意しないとならないからです。
つまり、都市が高密度になるほど、交通密度の高い乗り物が必要で、100人以上の輸送力があるLRTやBRTが次世代交通として求められるわけです。一方で、徒歩や自転車は、それぞれ1レーンあれば1時間に1万人が移動できます。未来の都市インフラは、多様な交通手段をバランスよく、賢く組み合わせて活用することが望まれます。

同時に、交通の結節点についても見直す必要があります。国土交通省が2017年に設置した「都市交通における自動運転技術の活用方策に関する検討会」では、駅前ロータリーの最適化など、自動運転に対応するインフラ整備について議論されています。東京都も2022年公表の「自動運転社会を見据えた都市づくりの在り方」で、車道を縮小し自動運転レーンを設けるなど、道路空間の再配分について言及しています。道路の建設は着手までに相当な時間がかかるため、自動運転車両がまだ走っていない段階から、先んじてインフラ計画を策定しておくことが重要です。
また、2023年に策定された「港区総合交通計画」では、既存の交通と次世代交通をバランスよく階層的に配備することを提案しています[スライド2]。いろいろな交通手段がバラバラに市場に参入するのではなく、あらかじめ大きな方向性を決めておき、まちづくりを推進していこうというわけです。

そのような中で、交通網の拠点となる都市部の駅前空間の整備や再構築を行い、次世代交通を取り入れて、魅力あるまちづくりを推進する取り組みが進んでいます。日本の地方都市では、駅に降りてみたら何もないということも少なくありません。駅、駅前広場、周辺市街地を個別にとらえるのではなく、目的の異なる不特定多数の人が集まり、移動や滞在が行われる空間=「駅まち」空間としてトータルにデザインしていこうという考え方です。

最近の実例としては、2023年に運行を開始した栃木・宇都宮市のLRTが注目を集めました。私もその計画に長年携わっていたのですが、宇都宮市はネットワーク型コンパクトシティの交通網を具現化していて、最初は人口低密度の郊外で、コミュニティバスやジャンボタクシーのような「地域内交通」の運行を始めました。2008年に公共交通のない地域から循環運転を始めて、2022年には14地域まで拡大しています。幹線系と支線系でいうと、まず支線系をきちんと作ったわけです。
市街地である宇都宮駅周辺では、自転車レーンを整備して「自転車のまちづくり」を推進してきました。そして、2023年8月に中心市街地から郊外まで結ぶLRTが、満を持して開業しました[写真1]。
LRTが走る宇都宮駅東口から芳賀・高根沢工業団地までの区間は、もともと路線バスが1日36便ありましたが、1日256便まで増やしました。バスが1時間に1便程度だった区間で、10分以内にLRTに乗れるようになり、それを軸に路線バスを再編したことで、宇都宮駅からの到達圏は劇的に変化し、移動手段の選択肢が広がりました。
沿線開発も盛んになり、宇都宮駅から2駅までの区間には6階建て以上のマンションが次々と建設されました。開業後1ヶ月で平日の利用者は1万3000人。交通の便がよくなり、自由に移動できるようになれば、利用者が増えるわけです。交通環境の急激な変化は、将来の人口分布にも影響します。MaaS導入による将来人口分布の予測では、LRTの停留所周辺で人口が増加し、交通網から離れた地域で人口減少が見られます[スライド3]。実際の人口の変化も同じ傾向を示しており、着実にコンパクトシティ化が起こっていると感じています。

Q : 現状の交通で減少しているトリップ数は、LRTや自動運転など次世代交通の普及によって増加傾向に変わるでしょうか? 魅力あるまちを取り戻すために、何か知見があれば教えてください。

A : 私の研究室では、本源需要の交通をテーマに調査・分析を行いました。研究室のメンバーに鉄道ファンが多いこともあって「人はなぜ移動するのか」をテーマに、いろいろ調べてみました。一般的に「交通」は派生需要と言われていて、できるだけ早く安く、快適に移動できることが求められます。一方で、本源需要は観光交通と言われる類のもので、わかりやすく例えると、テーマパークや遊園地のアトラクションは本源需要です。ジェットコースターが1秒で終点に着いたら、楽しくありません。一定の時間そこに乗って、移動そのものを楽しめる乗り物は、実は結構あるはずです。それが生活空間で増えていけば移動が苦にならず、利用者のウェルビーイングが上がるわけです。
では、どんな「交通」をつくればいいかというと、例えば歩道だったら、「もう一度歩きたいな」とか「もう少し長く歩きたいな」と思える空間が増えれば、人々の移動パターンが変わってくるかもしれません。そういう空間を設計することが、都市の付加価値を上げるのではないかと考えています。
交通インフラはこれまで何百年もの間、早く移動できることを優先してつくられてきましたが、楽しく移動できるという本源需要の部分をいかに引き出すか、そういう観点を設計コンセプトに入れていただくと、魅力あるまちづくりに繋がっていくだろうと思います。

  1. MaaS(マース:Mobility as a Service):複数の交通サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済などを一括で行う次世代型移動サービス。地域住民や旅行者など一人一人の出発地から目的地までの移動(トリップ)単位に対応し、北欧・欧州を中心に、世界的に導入への動きが加速している
  2. 本源需要: 散歩、サイクリング、ドライブ、旅行など、移動そのものが目的である交通ニーズ
  3. 派生需要:移動先で何らかの目的を達成するために生まれる交通ニーズ

[写真1・スライド1-3:森本章倫氏提供]


PROFILE

早稲田大学理工学術院教授、日本都市計画学会会長

森本 章倫

もりもと あきのり

1964年山口県生まれ。早稲田大学理工学部土木工学科卒業。博士(工学)、技術士(建設部門)。マサチューセッツ工科大学(MIT)研究員、宇都宮大学助教授、教授などを経て現職。専門分野は「都市計画」および「交通計画」。主な研究テーマは、次世代交通、コンパクトシティ、スマートシティ、TOD戦略、交通安全などに取り組む。 現在、日本都市計画学会会長、日本交通政策研究会常務理事、防災学術連携体代表幹事。国土交通省「都市交通における自動運転技術の活用方策に関する検討会座長」、東京都土地利用審査会会長、静岡県都市計画審議会会長など他多数。主な著書に「図説 わかる都市計画」(編著、学芸出版社、2021)、「City and Transportation Planning: An Integrated Approach」(Routledge、2021)など。

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