2023.07.13

R&D DISCUSSION Vol.49

世界は可能性に満ち溢れている
――プレイフルに知覚し、アクションを起こそう! [中編]

上田 信行 同志社女子大学名誉教授、ネオミュージアム館長

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Q : 上田さんが「学びと遊び」の研究に取り組んだきっかけを教えてください。

A : 幼児教育テレビ番組の『セサミストリート』(視聴覚教育や教育工学の研究成果をもとに、1969年、アメリカで誕生)です。日本では1972年にNHKでレギュラー放映が開始されたのですが、当時法学部の4年生だった僕は『セサミ』をみて、「これを本場で勉強したい!」と思い、衝動的に日本を飛び出しました。今でこそ教育番組は当たり前ですが、当時は画期的で、「テレビで教育? 教育がこんなに楽しくていいのか!」と衝撃を受けたのです。ミシガン州の教育大学院で視聴覚教育を学ぶ中で、ニューヨークにある『セサミ』の制作スタジオを見学する機会を得て、そこで見た光景が僕の「学びの原風景」になりました。『セサミ』はコンテンツの専門家(発達心理学者、幼児教育の専門家、絵本作家など)、プロダクションの専門家(子ども向けテレビ番組プロデューサー)、リサーチの専門家(制作のためのフォーマティブ・リサーチの専門家)の、3チームのコラボレーションによって制作されていました。何より印象的だったのは、制作チームの全員が「まだ誰も見たことのない番組をつくるんだ!」と未知の世界にチャレンジし、ものすごく楽しそうだったことです。僕は感動し、プロジェクトのリーダーがハーバード大学のジェラルド・S・レッサー教授(1926〜2010年)だと教わると、その足でケンブリッジに向かいました。飛び込みにも関わらず、快く会ってくださった彼に弟子入りを志願し、急いで入学願書を作成。応募締め切りにギリギリ間に合い、奇跡的にハーバード大学教育大学院に入学できました。まさにアメリカは志があればミラクルを起こせるということを感じた、僕の人生が変わった瞬間でした。

ハーバード大学では「フォーマティブ・リサーチ」という、子どもの視聴反応をフィードバックしながらテレビ番組を制作する手法を1年間学びました。それまでのテレビ番組は、プロデューサーの経験をもとに制作されていたので、視聴者である子どもの反応をみながら修正を重ねていく方法は科学的かつ革命的でした。

この図は『セサミ』のセグメントに対する子どものアテンション(注視)の変化を略図的に表したものです[スライド1]。横軸は時間、縦軸は子どもが画面を見たか、見なかったかを集積した注視度レベルを表しています。アテンションが高くなったり、急に落ちたり、結構波がありますよね。実は、3歳の子どもを1時間テレビに釘付けにするのはほぼ不可能なんです。そこで使われたのが「マガジンフォーマット」。雑誌(マガジン)は映画、ファッション、料理とどんどんコンテンツが変わっていきますよね。『セサミ』でも、アルファベットの発音、簡単な計算、問題解決を扱った短いコンテンツ、歌やエンターテインメントなどのセグメントをつくり、雑誌のように編成していきます。1時間にテレビコマーシャルのようなセグメントを30ぐらい並べるのです。見てほしいコンテンツの直前に、あえてアテンションを抑えてメリハリをつけるのもすごく大事なことで、それを科学的に調査したのです。

1974年に帰国してからは、メディア教育や学習環境デザインに関わるようになり、フォーマティブ・リサーチの手法を用いて、NHK教育テレビ『おかあさんといっしょ』のコンテンツ制作にも携わりました。

[スライド1]『セサミストリート』を視聴する子どものアテンションの変化率

Q : その後、現在のワークショップを実践の場とされるまでの経緯を伺えますか。

A : 大学で研究を続けながら、テレビ番組で『セサミ』の手法の実践や応用をしていたのですが、テレビを使った教育の本質をより深く研究したいと思い、10年後に再びハーバード大学に戻りました。

心理学者、キャロル・S・ドゥエック(1946年〜)教授のもとで学んだのですが、彼女はモチベーション、とくに無気力・無力感を獲得してしまった子どもの研究が専門で、「動機付け」や「やる気」は子どものパーソナリティの問題ではなく、個々が持っている知能観や学習観によることを発見していました。例えば、子どもが「賢さ」に対して持つイメージは2つ考えられます。1つは「努力すればどんどん賢くなっていく」という成長的な考え方。もう1つは「いくら努力しても生まれつきだから賢くなんてならないんだ」という固定的な考え方。これらの知能観が学びの過程に大きな影響を及ぼすことをつきとめ、教育界に大きなセンセーションを巻き起こしていたのです。彼女は後にこの知能観をもう少し広くとらえて「マインドセット(心のあり方や思考態度)」と呼び、Growth Mindset(成長的マインドセット)、Fixed Mindset(固定的マインドセット)が子どもや大人、学校や職場において学び方、働き方を左右していると示し、今でも大きな影響を与え続けています。[スライド2・3]。

また、その頃のアメリカでは教育メディアに対する人々の関心がテレビからコンピュータに移っていました。
同じケンブリッジにあるマサチューセッツ工科大学(MIT)では、数学者であり、計算機科学者であり、教育思想家でもあるシーモア・パパート教授(1928-2016年)が、子どものためのプログラミング言語「LOGO」を開発し、教育で活用する研究を始めていました[写真1]。例えば、コンピュータに四角形を描いて欲しい場合、どうやって描くかをコンピュータに教えなければいけません。まっすぐ進み、90度曲がって、またまっすぐ進む。これを4回繰り返すと四角形が描けることを先生から教わるのではなく、コンピュータに命令することによって子ども自身が発見するのです[スライド4]。四角形の次は三角形に挑戦するぞと、自分で課題を設定し、解決していく。数学的知識が身についていくと同時に、学び方を自ら学んでいきます。これこそ「ラーニングデザイン」そのもので、「先生が子どもに教える時代から、子どもがコンピュータに教える(プログラムする)時代になる」と彼が言い切ったことに、僕は恋をしてしまいました。つまり1980年代、アメリカではメディアを使った教育の潮流が「テレビ」から「コンピュータ」へ、「教える教育」から「子ども自身が自ら学ぶ教育」へとシフトしたことで、先生は子どもの学びをサポートしていく存在、ラーニングデザイナーが育つ学習環境をデザインするという役割を担うようになっていくのです。

僕は、どうすれば子どもが成長的マインドセットを持てるのか?を考えた結果、この2人の考えや手法を掛け算すればいいと思いつきました。それが先に紹介したような、コンピュータを使ったワークショップです。子どもはプログラミングに夢中になると、自分がどう見られるかなんてどうでもよくなり、上手くいかなかったらとにかく次またやってみる──自然と成長的マインドセットになっているのです。没頭して夢中になれるような学びの場を日本につくろうと決意し、1989年に帰国後、奈良県吉野町にネオミュージアムという私設のミュージアムをつくりました。ここでは今も実験的なワークショップを開催し続けています[スライド5、写真2・3]。

2010年にはMITメディアラボから客員教授として招かれ、1年間を過ごしました。そこで出会ったのが、パパート教授の跡を継ぎ、子ども向けのプログラミング言語「スクラッチ」の開発者として一躍有名になったミッチェル・レズニック教授(1956年〜)です[写真4]。彼はライフロング・キンダーガーデン(生涯幼稚園)という研究グループを立ち上げ、これからの創造的な学びには4つのPが大切だと言っていました。「Projects(課題)」「Passion(情熱)」「Peers(仲間)」「Play(遊び)」です。まず、自分が立ち上げた面白いprojectでないと、人は積極的に学んだり、能動的に仕事をできません。与えられたものではなく自分でつくったprojectなので、そこはpassionで溢れています。そして、一緒にやろうと言ってくれるpeersが来ると、passionは燃え盛り、思いっきりplayすることが出来ます。彼の4つのPによる活動アプローチは、まさにプレイフルなスピリットを持って仲間とデザインする「コ・デザイニング」に通じる考え方です。

[スライド2]キャロル・S・ドゥエックによる固定的マインドセットと成長的マインドセットの違い

[スライド1-5、写真1-4:上田 信行氏提供]

PROFILE

同志社女子大学名誉教授、ネオミュージアム館長

上田 信行

うえだ のぶゆき

1950年奈良県生まれ。同志社大学卒業後、『セサミストリート』に触発され、セントラルミシガン大学大学院にてM.A.、ハーバード大学教育大学院にてEd.M., Ed.D.取得。1996〜1997年、ハーバード大学教育大学院客員研究員。2010〜2011年、MITメディアラボ客員教授。専門は教育工学。プレイフル・ラーニングをキーワードに、学習環境デザインとメディア教育の先進的な研究をおこなっている。著書に『プレイフル・シンキング:仕事を楽しくする思考法』(宣伝会議)、『協同と表現のワークショップ:学びのための環境のデザイン』 (東信堂、共編著)など。


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