Q : 一言さんは以前、国土交通省都市局でさまざまなまちづくりの業務に携わられていましたが、入省を目指したきっかけは何だったのでしょうか?
A : 学生時代、東京大学農学部で森林科学という分野を専攻していたのですが、研究室を選ぶ際、「テーマパークの設計等もやっています」という研究室を見つけました。これは面白そうだ、と入室すると、これが日比谷公園の設計や国立公園制度の創設などを行った林学者・造園家の本多静六(1866-1952年)が設立した研究室だと知りました。そうであるからには公園の勉強をしなくてはと、地元の目黒区の公園ボランティアに応募したのが、私がこの世界に足を踏み入れたきっかけでした。
その後、在学中にいろいろな公園のボランティアやアルバイトをしているうちにその面白さに目覚め、仕事でも携わりたいと考えるようになり、公園にまつわる業務を専門とする造園職職員として国交省に入省しました。入省後はさまざまなポストを経験させていただき、携わった仕事はどれも面白いものばかりでしたが、最後の4年間で関わっていたコンパクトシティ政策は特に印象に残っています。
コンパクトシティとは、昨今の環境問題や社会情勢の変動を踏まえ、これまで拡大の一途を辿ってきた市街地を集約化し、高効率で持続可能な都市を目指そうという概念のことです。コンパクトシティの実現に向けて、居住機能や医療、福祉、商業、公共交通などの立地計画を各自治体に策定してもらうべく「立地適正化計画制度」が2014年に創設されたのですが、立地適正化計画を作成する際は、これまでも行われてきた都市計画の作成時以上に、幅広い種類の膨大なデータが必要とされます。そこで、各自治体が作成した立地適正化計画案をチェックし、手元にあるさまざまなデータをどうやって活用するのがよいかアドバイスをするのが、当時の私の役割でした。
従来、自治体の計画は個別最適化されており、各計画を統合的に見るといまいち整合がとれていない、という状況が起こりえます。たとえば、新たに高齢者福祉施設を建てる必要が生じれば、福祉部局は必要な施設数を算出し、空いている土地が見つかり次第そこに建てるでしょう。この際、すでに施設需要が発生しているため、「どこに高齢者福祉施設を建てたらいいのか?」という都市計画的な議論は、十分にされないこともあります。こうやって福祉施設が郊外に点在すると、福祉に携わる人の移動時間が増え、社会的なコストがかかります。訪問介護を考えても、1時間の介護の後に1時間かけて移動する都市に対し、5分で次の訪問先に行ける都市では、1人の介護者がこなせる仕事量は約2倍になります。「都市構造を工夫することで人材不足などの都市における問題を解消していこう」というのが立地適正化計画です。
この計画は自治体の各部署を横断した真の意味での総合的検討が行える唯一の機会なので、自治体の担当者には「ぜひ市民の生活すべてを背負っているつもりで検討してほしい」と伝えていました。
Q : 近年、まちづくりを進めるうえで「グリーンインフラ」が重要視されることが多くなりました。日本では、いつ頃から浸透し始めた概念なのでしょうか?
日本の政策でグリーンインフラという言葉が初めて登場したのは、2015年度の「第二次国土形成計画(全国計画)」内においてです。第二次国土形成計画の中では、グリーンインフラについて「社会資本整備や土地利用等のハード・ソフト両面において、自然環境が有する多様な機能(生物の生息・生育の場の提供、良好な景観形成、気温上昇の抑制等)を活用し、持続可能で魅力ある国土づくりや地域づくりを進める取組」とあります。
欧米ではすでに1990年代後半から実践されていた概念で、開発地等における貯水量に主に注目しているアメリカの考え方と、水以外にも水質・大気・レクリエーション(人がどう使うのか)・気候変動緩和・生態系などといった複合的な観点で考えられているヨーロッパの考え方に大別されると言われています。現在の日本におけるグリーンインフラの取り組みは、「防災・減災」、「地域振興」、「環境」[図版1]といった観点から複合的に捉えられており、ヨーロッパ型に近いと言えるのではないかと思います。
グリーンインフラの概念が導入された時期は、「老朽化する国内のインフラをどのように維持管理、更新していくのか」という議論の中で、ストック効果(整備されたインフラが機能することで、整備直後から継続的かつ中長期にわたって得られる安全安心、生活の質の向上等の効果)が注目され始めた時期でもありました。経年によって劣化するコンクリート構造物(グレーインフラ)に相対する概念として、グリーンインフラは適切に人が関与することにより機能を向上させていくインフラ、つまり「成長するインフラ」なんだ、という説明の仕方がなされるようになったことが大きかったように思います。
省内でグリーンインフラの考え方が浸透したもう1つの要因は災害の激甚化にあります。どれだけ想定していても災害規模がそれを上回ってくるような状況を受け、水を川や下水道でどうやって受け止めるかという考え方だけでなく、住宅地や道路等でも受け止めて、流域全体として川や下水道に流れ込む水量自体を減らしていこうという考え方に変化しつつありました。そこに、ちょうどグリーンインフラがうまく重なったのだと思います。
国交省のグリーンインフラの取り組みの1つに、「多様な主体の参画」という項目があります。これは、地域住民や民間企業が参画することで、さまざまなノウハウ・技術が蓄積され、多面的に活用されていくことを狙いとしています。グリーンインフラの概念を介することで、住民や企業の方々の活動や行動が地域の「持続可能性」に貢献できるということが明文化され、新たな活動の後押しになっているように思います。
PROFILE
ニューラルポケット株式会社 事業戦略部 理事
一言 太郎
ひとこと たろう
1981年静岡県静岡市生まれ、横浜育ち、大田区在住。2000年開成高校卒業、2004年東京大学農学部卒業、2006年東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、国土交通省入省。都市公園、スタジアム・アリーナ改革(スポーツ庁)、生産緑地、コンパクトシティ、国土交通省政策ベンチャー等に従事。2021年国土交通省を退職し、ニューラルポケット株式会社に参画。日本造園学会社会連携委員会、日本建築学会編集委員会、自由が丘まちづくり株式会社J-SPIRIT運営委員会等で委員を務める他、一般社団法人みんなの公園愛護会メンバー、霞が関ティール発起人等。
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