古図面を調査していると、ときどき特別な意図をもって描かれた図面に出会う。この図面もそんな一枚(図1)。一号館から十三号館までの地下外壁の断面が並べられている。靈岸嶌水位標零点?満干潮時の潮位?海際でもないのに?僕らは技術系探偵と化し目を凝らす。一号館にあった湧水ピットらしきものが徐々に小さくなって五号館で途絶え、十二号館で復活している。ひょっとして十二号館の前に何かあったのかもと、建物の図面にざっと目を通す。そうかっ!十二号館から、それまでの建物では見られなかった「第十二号館蒸気止杭及地中階床下空気抜及水抜土管(地中階床)ヲ示ス図」や「第十三号館地中階床下水抜穴及便所予備穴配置図(図2)」が追加されている。十二、十三号館の図面をさらに読み込む。すると外周の湧水ピット断面にアスファルト防水を施す指示が一つひとつ書き込んであるのである(図3)。この比較図は雨水が土に浸透した際、地階に漏水させないための湧水ピットの有効性を後世に説いているのではないだろうか。
下:図1の拡大図
クライアントと建築家のやりとり
(C:クライアント、A:アーキテクト)
C
五号館以降、地階に水がたまるようになったんだけど今回は何とかしてよ。
A
いろいろ考えてみたんですが、五号館から湧水ピットがなくなってまして、これが必要ではないかと。
C
ホントに?満潮の時ほど水が出る気がするけど。下からじゃないの?。
A
いえいえ、満潮時の水位はこの通り基礎より低いです。荒川の水位も低いですよ。
C
ホントだ。それじゃあ湧水ピットよろしくね。
A
ほっ(安堵)。でもちょっと心配だなぁ。万一雨水じゃなかったら大変だ(汗)。
翌日
A
コンドル先生、僕たちどうすればいいんでしょうか?
C
お若いの、一号館をよく見なさい。万一水が上がってきても捌けるように、地階の床とピット底のレベル差をしっかり確保するんじゃよ。
A
なるほど!
かくして若きエンジニアたちは、湧水ピットの有効性を再発見したのでした。
上記はフィクションです。あくまで妄想ですが、こんな想像も古図面の楽しみの一つです。
右:図3 第拾弐号館号館普通側通リ壁切断アスファルト塗之図(其二) 明治四拾壱年五月十一日(小寺、内田祥三)
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Author's Profile
大西 康文
おおにし やすふみ
古図面は、日本が国際化し工業と産業が発展していく過程で、その時々の設計者が建築の細部を改善すべく試行錯誤した過程を教えてくれます。図面から伝わってくるものづくりへの情熱に、同じ技術者として心癒される今日この頃です。
Update : 2015.06.01