空調設備工事会社の研究拠点である「高砂熱学イノベーションセンター」は、数々の新技術の導入に挑むと同時に、こうした環境をワーカーに体感してもらう実証の場である「ライブオフィス」を目指した施設です。同社の担当者や大学の先生方との議論を重ね、システム構築から実証・評価までを行った事例を紹介します。
「エネルギー自立型」研究施設のつくりかた
2050年のカーボンニュートラル実現に向け、メガソーラーや洋上風力発電など、再生可能エネルギー由来の電気が大量に電力グリッド(送電系統)へ接続され始めています。今後のさらなる増加が期待される一方、供給の不安定さゆえ、電力グリッドの安定化に向けた対策は急務です。
地下水熱・バイオマスCHP・太陽光発電・蓄電池を取り入れた本施設では、「熱利用」「発電」「蓄電」を上手に組み合わせることで、敷地内で創エネとエネルギー消費を完結させて、売電せずに実績値でZEB(旧研究所を基準値とし、オフィス棟で『ZEB』、敷地全体でNearly ZEB)を実現。現在はEMS(大容量蓄電池用電力マネジメントシステム)の制御により発電した電気をオンサイトで完全自己消費していますが、将来的にはこれを用いて電力網の需給に合わせた電力制御の最適化も可能な、グリッドの安定化に貢献する施設です。
本施設では、再生可能エネルギーであるバイオマスCHP熱と地下水熱を主熱源としています。
バイオマスCHPは化石燃料よりも安定稼働が難しい木質チップを燃料とするため、高砂熱学工業の担当者とともに、事例視察や課題の確認を経て、当社初のプロジェクト導入に至りました。
バイオマスCHPの高効率化には、ここで生じる温熱を通年で利用する仕組みが不可欠です。冬季は暖房の温熱源に、夏季はデシカント外調機の再熱や給湯等にこれを利用するほか、余った熱で木質チップを乾燥し、熱を無駄なく使っています。
また、地下水熱を最大限利用するため、デシカント外調機や放射空調、パーソナル空調などの高温冷水を用いた空調システムを導入。これらの機器は、より高い省エネ性能を目指して新しく開発したものです。また、限られた資源である地下水熱を主熱源とするため、地下水を日中汲み上げて利用する系統と、夜間汲み上げてピットに貯水して利用する系統の2系統を設け、採水制限のある地域ながら十分な地下水熱を得ています。
- バイオマスCHP(Combined Heat and Power/熱電併給):発電時に生じる排熱を利活用する省エネ手法。本施設では「木質チップを加熱・熱分解して高温の可燃性ガスを生成し、ガスエンジンに投入して発電に使用する」という一連の発電プロセスにおいて、エンジンの冷却などで得た排熱を、熱交換器を介して温水として施設に供給します。
- 高砂熱学工業・東京大学赤司研究室共同開発
「空気」をキーに、それぞれの「働く空間」を実現
「イノベーションセンター」として最初に着眼したのが「働く空間づくり」です。
学生時代に、建築環境の知的生産性への影響について研究していた私は、「作業の種類によって求める環境が異なる」という学びから、日頃から気分や業務に応じ、空間・音・光・温熱環境が合う場所に移動して仕事をしていました。こうした経験から、多様な作業が行われる本施設には、利用者自らが環境を調整・選択できる工夫が必要だと考えました。
そこで、高砂熱学工業の得意分野である「空気」をテーマに設計を進めることとし、個人/複数人での作業、集中/会議/リフレッシュ……などの要素をまとめて各種作業やエリアに合う意匠・設備計画の検討を重ねました。また、オフィスには安定した完全空調空間だけでなく、空気の持つ「刻々と変化する」性質に触れられる空間があってもよいのではないかと考え、クローズドエリアとオープンエリアを設けています。
オープンエリア:自然通風を積極的に行う執務ゾーン。天井や什器にはパーソナル空調機が設置され、吹き抜けに面したカウンター座席には放射パネルが設置されている。
クローズドエリアは放射空調で均一な空調を、吹き抜けに面したオープンエリアは外調機のみで緩やかに空調し、積極的に自然換気を行うことができます。さらに、両エリアのタスク域には3種のパーソナル空調機を導入し、それぞれの好みの場所で、好みの温熱環境を実現します。
こうした工夫はCASBEE-ウェルネスオフィスの「Sランク」を取得につながっています。
サーマルマネキンを用いた実測では、全身で-1℃程度の冷却効果が。必要な場所にのみ空調を行い、省エネ化にも寄与します。
竣工後の実証で改良を重ね、よりよい施設に育てる
竣工後、本施設では高砂熱学工業、早稲田大学田辺研究室と共同で、約3年間にわたり実測やワーカーへのアンケート調査に基づく実証・評価を行いました。
1年目(2020年)は新型コロナ禍による換気量増加など、設計想定と異なる運用でエネルギー消費量が増えたものの、検証を活かした運用変更やパーソナル空調の改良などにより、2年目、3年目とオフィス棟のさらなる省エネ化に成功。今日もより一層の向上と環境改善を図っています。通常のオフィス空調とは異なる取り組みの数々は大きなチャレンジでしたが、今後の設計にも活かせる有益な結果が得られました。
空気調和・衛生工学会賞、カーボンニュートラル大賞など多数の国内賞をいただいてきましたが、こうした竣工後の取り組みを掲げて海外賞にも挑み、ASHRAE(米国暖房冷凍空調学会)の技術賞で、アジア圏1位を獲得することができました※。
2023年8月、空気調和・冷暖房に関する世界最大の国際学会である、米国暖房冷凍空調学会(ASHRAE)が開催する「ASHRAE Technology awards 2024」の地域カンファレンス「ASHRAE Region XIII 26th Chapters Regional Conference」にて最高得点を獲得しました。
Designer's Voice
設計者
機械設備設計部 / 2014年入社
武藤 友香
Yuka Muto
計画から建設、実証まで多くの皆さまの協力を経て、本施設は数々の賞を受賞し、広く評価をいただくことができました。本プロジェクトに携われたことは、私の設計者としての大きな糧となっています。この場をお借りして関係者の皆さまに心より感謝を申し上げます。本施設をきっかけに、カーボンニュートラルへの関心の向上や新たなアイデアの創出に寄与できれば幸甚です。
※所属はプロジェクト担当時点
Data
物件名 | |
---|---|
所在地 | 茨城県つくばみらい市富士見ヶ丘 2-19 |
用途 | 研究施設 |
敷地面積 | 22,746.18 ㎡ |
建築面積 | 7,129.74 ㎡ |
延床面積 | 11,763.97 ㎡ |
階数 | 地上2階、塔屋1階 最高高さ:15.455m |
構造形式 | 地上S造、一部RC造 |
取得認証 | CASBEE ウェルネスオフィス(2020年版):Sランク |
計画・開発・検証・評価 | 高砂熱学工業株式会社 |
設計(※1)・監理・検証・評価 | 株式会社三菱地所設計 |
設計(※2)・施工 | 株式会社竹中工務店 |
施工 | 株式会社関電工、株式会社ヤマト、高砂熱学工業株式会社 関信越支店 |
検証・評価 | 田辺 新一(早稲田大学教授)、赤司 泰義(東京大学教授)、鵜飼 真成(早稲田大学講師)、宮田 翔平(東京大学特任講師) |
受賞 |
|
1:基本設計、実施設計(空調・衛生・電気)
2:実施設計(建築・構造)
OTHER COLUMNS
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.15
木と調和した快適な空間を実現するためのアイデア
熊本東京海上日動ビルディング
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.14
新時代に向けた「木造のハードル」を乗り越える設備計画
ザ ロイヤルパーク キャンバス札幌大通公園
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.13
「脱・単純リプレース」へ ZEB 化リノベーションの取り組み方(後)
既存ストックのZEB化改修
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート No.12
「脱・単純リプレース」へ ZEB 化リノベーションの取り組み方(前)
既存ストックのZEB化改修
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.11
快適な「空気」環境を再エネでつくる
高砂熱学イノベーションセンター
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.10
光・風・温度を空間全体に届ける
成徳幼稚園
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.09
照明設計で実現する、省エネでアイコニックな読書空間
MUFG PARK ライブラリー
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.08
照明からデータ活用、セキュリティまで広がる「電気」の仕事
ふかや花園プレミアム・アウトレット
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.07
都市を支える「設備」からの仕掛け
大手町センター & Otemachi Oneサブプラント / 再開発に伴うDHCプラント移転
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.06
「水の自立」でまち全体のBCPに貢献を
大手町フィナンシャルシティ グランキューブ
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.05
より快適で、よりスマートで、より環境に優しいオフィスの実現
茅場町グリーンビルディング
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.04
天井を「這わせて」省エネルギーで空気を届ける
新菱神城ビル
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.03
放射空調の自然エネルギー活用の道を切り拓く
新菱神城ビル
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.02
さまざまな想い・環境から生まれた照明デザイン
新菱神城ビル
設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.01
超⾼層ビルでも、ZEB Ready取得
(仮称)内神⽥⼀丁⽬計画
Update : 2022.11.10