メイン写真:新丸の内ビルディング地下1階のフロアガイド(2021年)
Q : 独立後、転機になったプロジェクトについて、教えてください。
A : 自身の事務所を立ち上げた2009年は、前年にリーマン・ショックが起こり、先行きに不安を抱える中での船出となりました。地方のアウトレットモールや高速道路のサービスエリア施設など、少しずつ仕事が入るようになった矢先の2011年、今度は東日本大震災が発生。その直後からスタートし、2019年まで継続的にお手伝いしたのが、有楽町にある「東京交通会館」(1965年竣工、設計:三菱地所)の共用部リニューアルです[写真1]。開業50周年を迎えるにあたり、エレベーターホールや階段まわり、商業ゾーンの通路、地下駐車場などを順次改修していったのですが、サインだけでなく、インテリアデザインも提案することになり、サインを空間と一体的にデザインすることに挑戦しました。
2013年に開業した「グランフロント大阪」は、約7haの広大な「まち」をつくる大規模プロジェクト[スライド1・写真2]。南館(タワーA)と北館(タワーB ・タワーC)、グランフロント大阪オーナーズタワーから成り、JR大阪駅直結の歩行者モールが南館・北館を貫きます。4つのタワーのデザインは街区全体で統一感をもたせつつ、オフィス、商業施設、ナレッジキャピタル、コンベンションセンター、ホテル・サービスレジデンスなど、それぞれの用途によって異なります。その全てに共通のサインをつけて、利用者を目的地へと誘導するサインを計画するという難題でした。事業主は12社にも及び、日建設計・三菱地所設計・NTTファシリティーズによる共同設計。関係者全員を納得させるには法律をつくるしかない、と法学部出身の私は思いました。まずは街区全体のマップやダイヤグラムをつくりつつ情報の洗い出しと整理を行い、総合案内や誘導サインには「南館・北館という共通の見出しをつける」というルールや、逆に「これ以上は表に出さない情報」のリストを作成。どのようなサインをどこに配置するか、1つずつ計画していきました。また、出す情報は同じでも、個々で異なる空間デザインにあわせた調整が必要で、その編集作業は膨大です。総合案内などのインフォメーションボードはもちろん、エレベーターまわりのサイン、通路の誘導サイン、地下駐車場の路面サイン、セキュリティカードリーダーのサイン、バックヤードの押しボタン、消火栓扉のサイン、さらには消火器ケースのデザインまで。ありとあらゆる情報をデザインし、最終的にはサインアイテム約1万5000点にも及びました。
Q : 最近はどのようなプロジェクトを手掛けられていますか?
A : 2020年、横浜のみなとみらい21地区にオープンした「神奈川大学みなとみらいキャンパス」では、プロジェクトコンセプトである「『国際・日本』の融合した未来『創造・交流』キャンパス」の実現の一助となるようなサインを考えました[写真3]。「プラウドブルー」と呼ばれる大学の校章(ロゴマーク)のブルー、みなとみらいの象徴である海と空のブルーが重なり合い、融合するデザインです。また、このプロジェクトではみなとみらいキャンパス新築にともない、大学全体のサインを見直したいと大学から話をいただき、神奈川大学サイン計画ガイドラインの制作依頼を受け、まさに大学全体に関わる「トータルサイン」として、計画を行いました。
また、グランフロント大阪の設計者のひとり、日建設計を退職した塚島健さんから声を掛けていただき、携わったのが、昨年、瀬戸内海の小豆島にオープンした「SEASiON」のプロジェクト[写真4]。そうめん工場だった建物を再生し、「食」と「実験」をテーマにしたレストラン、イベントスペース、アートギャラリーが一体となった施設です。塚島さん自らオーナーとなり、再生の設計も手掛け、これからのサスティナブルな暮らしや社会を生み出すための実装実験の場。そこにふさわしいサインとは何かを考えた結果、「ブリコラージュ」をテーマにしました。フランスの文化人類学者レヴィ=ストロース(1908−2009年)が『野生の思考』で示した思想で、今その場にあるもので器用につくるということです。予算が限られていたこともあり、そうめん工場に残されていたものや廃材に自らピクトグラムや文字を描いたり、サインの運搬、施工も行いました。何が出てくるかわからない、最後どうなるかわからない、予測不能な中で即興的にサインをまとめていくプロセスは、非常に刺激的でしたね。
昨年から六本木にある「国際文化会館」(1955年竣工/2006年保存再生)のサインリニューアルをお手伝いしているのですが、設計者の1人である前川國男(1905−86年)は「建築家は近代初頭、弁護士や医者と同じく自由職業の太宗(たいそう)とされた。自由職業とは未知的職業の意味を持ち、非商業的職業をさす。何にも束縛を受けず社会的公共性が認められたこと、弁護士は社会正義、医者は社会保健、建築家は社会環境に対しての責任を負わなければならない。つまり弁護依頼人、患者や施主に対するサービス自体に付随して、社会正義、社会保健、社会環境といった公共の福祉に奉仕する性格が内在することによって、社会的な自由職業としての地位と尊敬が与えられる」と言っていたそうです。そして自らの建築を作品だと言わなかったそうです。私自身もデザインをする時は、「町医者のような気持ち」になり、公共性のことを第一に考え、個性を出さないように努力し、人々を手助けする気持ちで仕事と向き合うことを心がけています。相手の話をよく聞き、「自分の作品」ということよりも、使い手や社会のためになることを第一に考える ——— そんなデザイナーを目指しています。
PROFILE
情報デザイナー、株式会社八島デザイン事務所代表
八島 紀明
やしま としあき
1970年三重県鈴鹿市生まれ。1984年に家族で渡米、1989年ハワイ州カイムキ高校卒業。大学入学を機に帰国し、1994年法政大学法学部法律学科卒業。20代はツアーコンダクター、ウェイター、バーテンダー、ホテルマン、土方、トラックやバイク便の運転手、ビル清掃など、さまざまな職を経験し、30歳でデザイナーを志す。1995年〜ホテルインターコンチネンタル、1996年〜有限会社菜々六工房、1998年〜株式会社びこう社、2000年〜株式会社イリア、2002年〜有限会社井原理安デザイン事務所勤務を経て、2009年に株式会社八島デザイン事務所設立。
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Update : 2018.09.21