Q : 日本初の「水族館プロデューサー」という職能はどのようにして誕生したのですか?
A : 子どもの頃は遊んでばかりで、勉強は全然できませんでした。ただ作文はすごく得意で、物書きになりたかった。それで小学校6年生の時に、県の読書感想文コンクールに応募したら2位だったんです。自分より上がいることにがっかりして、1位になれない程度の才能では、物書きになど到底なれないなと思いました。大学は文学部の入試に失敗し、経済学部に進学。マーケティングを専攻しましたが、毎日映画を撮ったりして勉強しなかったので、卒業に必要な単位のみ、すべて「可」をギリギリ取得して卒業したのが自慢です(笑)。就職先はマスメディア、出版業界を志望していましたが全然ダメで、どうしようかなと思っていたところ、縁あって、地元・三重県にある鳥羽水族館で働くことになりました。水族館も海洋生物を人に見せる、伝えるという点において「メディア」なのだと無理矢理納得することにしたのです。
当然、専門的な知識はありませんので、飼育係ではなく、経営企画などを担うべく入社したのですが、早々に「水族館は現場のことを知らないと何ごとも仕事にならない」と気がつきました。それで最初の3年間、飼育係として働かせてもらったのですが、初めて知ることばかりで楽しかったけれど、周囲は何より魚が好きというスタッフばかりで、その知識量や経験にはとてもついて行けず、まさに落ちこぼれ飼育員でした。しかし、彼らは魚の気持ちは分かる一方、お客さんの心理はあまり分かっていないのではないかと思いました。お客さんが水槽を全然見ておらず、まるで誰も見ていないテレビ番組、読まれていない記事のように感じました。それではメディアとしての意味がない。僕は一向に魚の名前を覚えられないけれど、大学で一応マーケティングをかじったので、それを生かせるのではないかと思ったんですね。水族館の飼育の世界、集客プロデュースの世界、それぞれに自分より秀でた人がたくさんいるけれど、その組み合わせ、つまり水族館の展示や集客を考える世界なら1番になれるかも知れないと。いかに魅せる水族館をつくるか、それで勝負してみようと決心したわけです。
まずは飼育生物のプロモーションから始めました。面白い行動や珍しい映像を撮ってTV局に送ったんです。機材を揃え、視聴者がどんな映像を求めているのかを考え、魅せ方を工夫しました。定期的に採用されるようになり、半ばテレビ局の特派員(笑)。放送された時の集客効果はすごかったですね。まさに水族館が「メディア化」した瞬間でした。それから展示リニューアルの機会があり、視聴者を来館者に置き換えて、多くの人を惹きつける水槽をどうつくるのかを追求するようになりました。それが「水族館プロデューサー」としての始まりであり、今も考え続けているテーマですね。
Q : 人を惹きつける展示を生み出す手法を伺わせてください。
A : 僕が大事にしているマーケティング手法の1つが、お客さんの行動観察です。ずっと後をついていって、どう動くか、何を見ているかをつぶさに観察します。実は、これは僕のもう1つの顔、バリアフリー化による観光地の再生アドバイザーの時も使っています。鳥羽水族館で副館長をしていた時に、伊勢志摩の観光活性化をお手伝いしたことがきっかけで始めた「道楽」的な仕事なのですが、カスタマー(顧客)起点のマーケティングという点においては水族館と共通している部分が多い。例えば、古い旅館をバリアフリー化する場合、どのような設備があったらいいものか。障がいのある方にアンケートをとると、玄関のスロープとか、トイレの手すりといった意見しか出てきません。もちろんそれらも大切ですが、本当に求めているものは違うところにあり、それは行動を観察していると分かります。みなさん旅館に行ったら、畳に寝転がりたいですよね。障がいのある方もそうなんです。でも、車いすを使うのに床が畳、という状況は、障がいのある方自身も思い浮かばないので、アンケートでは上がってこない。でも、よく見ていると、畳があれば寝転がりたそうにしているし、窓からの景色が素晴らしければ、ちょっとした段差なんてお構いなしに窓に近づこうとする。完全にバリアフリーである必要はなく、「旅館でしたいことができる」ことが満足度に繋がるんです。われわれが指導した旅館の新しいバリアフリールームは、フローリングの一角に車いすでアプローチできる畳の小上がりを設けたところ大好評で、集客数の大幅アップを達成しました。
僕は今、海洋学部系の大学で展示学を教えているのですが、たびたび学生を水族館に連れていって、行動観察を行っています。思ってもみないお客さんの行動の連続に、学生たちは驚くばかりですが、行動観察から読み解いた深層心理が、集客力のある展示を生み出すヒントになるのです。「水塊」も、その手法によって導き出したテーマです。冒頭でお話ししたように、以前、日本全国の水族館を見て回った時、大多数の人が魚ではなく水槽の中に広がる世界を楽しんでいることに気がついたわけですが、つけ加えれば、半分の水槽は見られていませんでした。では、見られているのはどんな水槽だろうと観察したところ、「明るい」そして「青い」水槽だったのです。当時の水槽は緑色が主流でした。実際の海や川の中は、だいたい緑色の世界だからです。しかし、お客さんが求めているのは「青色」の水中世界だったわけです。カスタマー起点の発想で空間をつくれば、自ずと人は集まるのです。
PROFILE
水族館プロデューサー
中村 元
なかむら はじめ
1956年三重県生まれ。成城大学(マーケティング専攻)卒業後、鳥羽水族館に入社。飼育係から企画室長などを経て副館長となり、鳥羽水族館のリニューアルに成功。2002年に鳥羽水族館を退社し、日本初の「水族館プロデューサー」となり、新江ノ島水族館(神奈川)、サンシャイン水族館(東京)、北の大地の水族館/山の水族館(北海道)、マリホ水族館(広島)など、数々の水族館のリニューアルを手がけるほか、水族館に関する著書多数。また、全国の観光地再生アドバイザーでもあり、日本バリアフリー観光推進機構および伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの理事長を務めている。
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Update : 2018.09.21