2021.03.23

R&D DISCUSSION Vol.30

大人を惹きつける「水塊」のつくり方
サンシャイン水族館「天空のオアシス」[前編]

中村元 水族館プロデューサー

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Q : 1978年、東京・池袋のサンシャインシティに開館して以来、都市型水族館の代表格として親しまれてきたサンシャイン水族館は、2011年、中村さんが展示のプロデュースをされた大規模リニューアルによって「天空のオアシス」として生まれ変わりました。このコンセプトはどのようにして誕生したのですか?

A : 世界で唯一、高層ビルの屋上にあるという敷地特性は、同時にこの水族館の大きな弱点でもあります。まず周りに海がない。日本全国、成功している水族館の多くは海の近くにあります。実は、海の生きものの展示自体には強大な集客力はありません。子どもに人気があるのは魚よりも、圧倒的に動物園のゾウやキリン。水族館というのは、大人を中心とした家族連れやカップルが海を訪れたついでに立ち寄る ———絶大な魅力をもつ「海」を背景に持つことで、初めて人が集まる施設なのです。また、ほとんどの人気施設には巨大水槽やイルカプールがありますが、サンシャイン水族館は、ビル建設時に定められた屋上の積載荷重があるため、使える水量が限られています。その海水も、買ってきて屋上まで運ばなければならない。海から遠く離れた、ビルの屋上という最大の弱点を逆手に取ったのが、「天空のオアシス」というコンセプトでした。乾いた都会の真ん中に、気軽に行けて、海よりも潤いのあるオアシスがあるという感覚です。

まず、ターゲットを女性に定めました。これは従来の水族館にはない発想です。サンシャインシティの周辺はオフィス街で、高層マンションも立ち並び、平日でも大勢の若い女性がショッピングに訪れます。その1割でも水族館のある屋上に呼び込むことができれば、来館者数は大幅にアップする。トレンドのファッションを身にまとい、水槽の前で撮った写真をSNSなどで発信してくれれば、効果絶大の宣伝になります。先ほども言ったように、水族館の成功の秘訣は、子どもではなく大人が楽しめる施設にすることですが、大人にこそ魚に興味がある人は少なく、大多数は水槽の中に広がる世界を楽しんでいる。日本全国の水族館に足を運び、来館者をつぶさに観察した結果、水族館に求められているのは「水中世界という非現実性」であることがわかったのです。いかに魅力的な水中世界を表現できるか———僕はこれを「水塊すいかい」と呼んでいますが、天井も低いこの水族館で挑戦した目玉が「サンシャインラグーン」でした。この施設では積載荷重ギリギリの240トン水槽も、全国的にみれば中規模程度の水槽に過ぎない。そもそも水族館で用いられる水槽は、実際の奥行きが1mあっても、屈折のせいで70cmくらいにしか見えないのです。そこで、視覚効果を利用して実際の奥行きや高さ以上の広がりが感じられる工夫を施しました。そのヒントになったのが演劇の舞台で使われているさまざまな手法。ミュージカル『オペラ座の怪人』を鑑賞した時、背景に使われるホリゾント幕や大道具への照明の当て方、色次第で奥行き感を自由自在に表現する演出に目を奪われました。だからストーリーは全く記憶にない(笑)。これを水槽に応用した照明と色による演出「ホリゾントブルー」によって、手前は明るい太陽色照明と白いサンゴ砂によるエメラルドグリーン、そこからコバルトブルー、濃紺、最奥は暗い漆黒へとグラデーショナルに変化する背景を生み出しました。また、水槽の形状が正円ではなく「丸いおにぎり型」なのですが、手前のアクリル面が円弧のため、観ている人の脳が巨大な正円と認識してしまうのです。水槽の底の部分を奥に向かって傾斜をつけて緩やかな登り坂とし、擬岩の置き方や色を工夫することで、さらなる奥行き感を生み出しました。水量を抑えながらも、果てしなく広がる南海のサンゴ礁の海に潜っているような感覚に浸ることができる「水塊」です。

天空のオアシス「サンシャインラグーン」(2011年)

Q : 南国リゾートのような緑の庭園に生まれ変わった屋外エリアは、点在させた水槽をまさに都会のオアシスを散策するように巡りながら観賞する空間です。とくに高層ビルを背景にアシカが宙をのびやかに泳ぐドーナツ型水槽「サンシャインアクアリング」は、リニューアル当時話題になりましたね。

A : 以前の屋外エリアは大部分がむき出しで、夏は直射日光で暑く、冬は北風で寒く、雨と日差しを避けるための白いテントの屋根がチープな印象でした。それを「天空のオアシス」へと生まれ変わらせるシンボル的な展示が「サンシャインアクアリング」です。その後、2017年に「天空のオアシス第二章」と題して、屋外エリアで未着手だった出口付近をリニューアルした時も、同様の手法でペリカンを下から眺める「天空パス」をつくり、雨に濡れずに出口まで辿り着けるルートが完成しました。実は展示水槽が雨除けにもなっており、建築基準法によって新たな屋根を設置することができないのを屋根でないもので補う、一挙両得のアイデアだったのです。そして、水が太陽光を反射するので、夏の強い日差しを和らげる効果もあり、水槽を透過した揺らぎのある光が幻想的な光景をつくり出す演出にも一役買っています。

また、2017年のリニューアル時に誕生したのが「草原のペンギン」と「天空のペンギン」です。ペンギンといえば岩場や氷上の展示が定番で、あまり動かないイメージが定着してしまっていますが、ここにいるケープペンギンはあたたかな南アフリカの沿岸部に生息し、海岸の草むらや住宅の花壇などに巣をつくり、花や緑に囲まれて暮らしています。好奇心旺盛で、泳ぎは大の得意。この「天空のペンギン」は、水槽を壁としても活用しつつ、青くどこまでも広がる海中を思わせる空を背景に、その生き生きとした本来の姿を引き出すことを考えた世界初の展示手法です。厚さ13cm、幅12mの1枚の巨大なアクリルの壁が緩やかにカーブしながら来館者の頭上を覆う形は、視界を遮る部材を用いずに支えられています。一番浅いところは水深20cm程度ですが、ペンギンは青空を悠々と飛び交うように泳いでいますね。必要だったのは、深さではなく面的な広さだったのです。これまでになくペンギンを間近で見られるのも面白い。左右の側面の壁にある小さな穴からは、時々、餌の魚が飛び出してきます。水族館のペンギンが陸に上がってばかりなのは、普段、陸でしか給餌しないことが原因とも言われており、積極的に水中に潜ってもらうための仕掛けです。

また、ここでも色のグラデーションを利用しました。水深の違いがつくる水の青さのグラデーション、頭上や正面に借景として広がる空の青さのグラデーション、この2つが途中で重なって一体化し、実際の水槽が持つ以上の奥行きと広がりを感じられます。野生のペンギンが海中で餌を求めるように、興味津々に高層ビルの風景や来館者の様子を眺めながら泳ぎ回る様子は、以前よりもずっと楽しそうです。

天空のオアシス第二章「天空パス」・「天空のペンギン」(2017年)

PROFILE

水族館プロデューサー

中村 元

なかむら はじめ

1956年三重県生まれ。成城大学(マーケティング専攻)卒業後、鳥羽水族館に入社。飼育係から企画室長などを経て副館長となり、鳥羽水族館のリニューアルに成功。2002年に鳥羽水族館を退社し、日本初の「水族館プロデューサー」となり、新江ノ島水族館(神奈川)、サンシャイン水族館(東京)、北の大地の水族館/山の水族館(北海道)、マリホ水族館(広島)など、数々の水族館のリニューアルを手がけるほか、水族館に関する著書多数。また、全国の観光地再生アドバイザーでもあり、日本バリアフリー観光推進機構および伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの理事長を務めている。


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