2019.03.05

R&D DISCUSSION Vol.08

環境建築・健康空間が経済を動かす 
ESG投資とウェルネスオフィス[後編]

田辺 新一 早稲田大学創造理工学部建築学科教授

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Q : 環境配慮への取り組みについて、国内外の最新動向を教えてください。

A : ESGのうち、E(環境)については、日本でも国の政策として省エネの義務化や、各種補助金や優遇税制を設けて推進されてきましたが、今後より一層の省エネを目指して制度の見直しが行われています。2018年に閣議決定された「エネルギー基本計画」では、2020年までに新築公共建築物で、2030年までに住宅を含む全ての新築建築物の平均で、エネルギーの生成と消費の収支がプラスマイナスゼロになるZEB(Net Zero Energy Building)の実現を目指すことが掲げられました。建物の運用段階におけるエネルギー消費量を、 省エネ技術や太陽光発電などの設置による再生可能エネルギーの利用を通して削減し、限りなくゼロにするという考え方です。しかし、例えばコンビニのような小規模建築物では達成しやすいものの、高層ビルなどの大規模建築物単体では難しいのが現状です。屋上面積が限られるため、再生可能エネルギーをつくることに限界があるからです。そこで、今後は再生可能エネルギーの購入による相殺や、複数建築物の連携による達成も認めようという動きがあります。同一事業者であれば、ZEB化した建築物の余剰再生可能エネルギーを他の建築物の評価に充当できるようにして、その事業者全体でZEBを達成したとみなすというわけです。これで現状ネックになっている大口需要家への再生可能エネルギー普及も進むのではないかと期待しています。

世界的な民間レベルの取り組みでは、RE100(Renewable Energy 100%)プロジェクトが話題になっています。これは事業運営を100%、再生可能エネルギーで調達することを目標とする国際的なイニシアチブです。自ら発電するか、市場で購入してもいいことになっていますが、毎年報告書を提出しなければなりません。2014年に発足し、アメリカのAppleやGoogle、ゴールドマン・サックス、スウェーデンのイケアやH&M、日本でもリコーや積水ハウス、アスクル、大和ハウス、イオンなど、世界全体で152社が加盟しています(2018年10月6日時点)。Appleも日本にある支店でも再生可能エネルギーを積極的に使っていますし、テナントとして入居するオフィスビルに対して再生可能エネルギーの導入を条件にしている外資系企業も増えてきています。

Q : 今、建築業界においても社会配慮がトレンドになりつつありますが、どのような背景があるのでしょうか?

A : 今最も注目されているのがS(社会)、つまり労働環境への配慮や人権問題への対応、地域社会への貢献といった取り組みです。日本ではこれまではE(環境)を優先し、快適性や生産性が犠牲にされがちでした。たとえば、地球温暖化対策のために国が推進するCOOLBIZという取り組み。夏場はネクタイ&上着なしの軽装にして、冷房の室温設定を28℃にしようというものですが、私はCOOLBIZには大賛成ですが、28℃設定にはずっと反対してきました。28℃はあくまで目安であり、無理のない範囲で冷やしすぎない室温とすればよいのであって、生産性を犠牲にすべきではないのです。ようやく近年は環境だけでなく、健康増進・快適性、知的生産性の向上にも配慮する「ウェルネスオフィス」が普及し始めました。今年の春には、日本生まれの建物環境性能認証制度であるCASBEEにオフィス版が登場する予定で、健康と知的生産性向上も評価に加わる予定です。

その背景には、日本の労働力人口の減少があります。私の研究室で行った試算[図1]では、2030年の労働力人口は、20年前の2010年と比較すると1300万人も減り、さらに昨今の働き方改革で、長時間労働を解消する流れによって残業をゼロにしたとすると、労働時間が22.7%減ります。これを単純計算すると、現在の日本のGDPを維持するには約1.5倍の作業効率が必要ということになります。今、政府はさかんに「労働時間を短く」と言っていますが、効率よく働くことに関する科学的研究が進んでいないので、いくら「頑張れ」と言われても生産性は上がらないでしょう。実は企業経営において、エネルギー消費よりも人件費の方が大きな割合を占めます[図2]。人件費を100とすると、テナントオフィスの賃料が10、エネルギーコストは1と言われていますので、従業員の健康増進をいかに誘発し、知的生産性をいかに上げるかが命題になってきているのです。

知的生産性をどう測るかは難しいところですが、その人の労働環境への満足度が高い時に知的生産性が上がる、というアメリカの研究論文があります。また、賃金や上司・同僚などの要因もありますが、室温や光、音など、ちょっとでも空間に対する不満要素があると極端に生産性が落ちる気質の人がいることもわかっています。CASBEEのオフィス版でも、空間環境への満足度を調査する項目が含まれる予定です。

オフィスの設計に関しては、欧米においてトレンドになっているABW(Activity Based Working)が、最近日本でも話題になっています。そもそもは仕事内容に合わせて働く場所やデスクを選ぶ働き方で、一人で集中して作業できるスペースがあったり、打ち合わせをするためのソファがあったり、フィットネスジムやシャワーなど、リフレッシュスペースも充実しています。日本人は集中が下手な傾向がありますので、このスタイルは有効だと思いますが、固定席を排してフリーアドレス制にすることと捉えられがちで、省スペースで済むと思っている人も少なくありません。しかし自身に合った行動を自身で取捨選択できる環境を整えることがポイント[図3]なので、スペース効率を優先させると、うまくいかないケースが多い。ABWに限らず、自分たちの業態に合ったスタイルを選ぶことが重要なのです。

[図1〜3:早稲田大学創造理工学部建築学科・田辺新一研究室提供]

PROFILE

早稲田大学理工学術院創造理工学部建築学科教授

工学博士(専門は建築環境学)

田辺 新一

たなべ しんいち

1958年福岡県生まれ。82年早稲田大学理工学部建築学科卒業、84年同大学院博士前期課程修了。84~86年デンマーク工科大学、92~93年カリフォルニア大学バークレー校。99年~早稲田大学理工学部建築学科・助教授、2001年~同教授(2007年改編により現職)。建築設備技術者協会会長、日本建築学会副会長、東京都環境審議会会長などを歴任。現在は空気調和・衛生工学会会長、早稲田大学スマート社会技術融合研究機構 住宅・建築環境研究所・所長を務める。


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