2019.01.31

R&D DISCUSSION Vol.06

未来のワンシーンを描く 1枚のスケッチの求心力[後編]

福田 哲夫 インダストリアルデザイナー

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Q:新幹線のほかに手がけられた公共交通機関について教えてください。

A : 訪日外国人観光客向けの観光路線バス「東京→夢の下町バス」の車両(2008年~)をデザインしました[図1]。このバスで目指したのは、アナウンスなしで乗客に後部座席から詰めて座っていただくこと。路線バスではステップをのぼってまで後部座席に移動する乗客は少なく、乗降車口付近の座席に集中しがちです。そこでバスの外観と内装を工夫することで心理的な障壁を取り除きました。このバスを外から見ると最後尾が特徴的な丸窓になっています。まず、丸窓から見える景色への期待感を抱いてもらうのです。乗車すると、1本ずつ曲率の違う手すり棒や、扇型の座席とその配置によって後部座席へ向かうほど広くみえる内装となっています。これによって座席は自然と最後方の席から埋まるようになりました。ルールによって強制するのではなく、かたちを工夫することで人の動きを促すことができるのもデザインの力です。錯視やアフォーダンスといった、認知心理学や脳科学の知見を取り入れた心の領域からのアプローチは、インダストリアルデザインに限らずさまざまな領域のデザインで広まっています。建築でも同様ではないでしょうか。
製造コストだけ考えれば通常よりも高くなりますが、バスの回転率、渋滞の解消、リピーターができる仕組みといった目に見えない人の流れまでを考えて実現しました。時には部品の価格が高いというだけで話が進まなくなる場合もあるのですが、チームみんなでブランドコンセプトをどう共有するかが重要だと常々考えています。

[図1]東京→夢の下町バス パースペクティブ効果による安心感が“人のマナーを促す”

Q:発想を得る際に心がけていることはありますか。

A : 私はよく講演会などで客席の方々に「タマゴの絵を描いてみてください」とお題を出すのですが、驚くことにほとんどの人がタマゴを縦に描くのです。しかもそれはニワトリのタマゴ。これはなぜなのでしょうか。なぜ縦に描くのか尋ねると「普段見ているのが縦なので」と多くの人が答えます。売り場で見る容器のなかのタマゴは縦向きで包装されているし、家庭の冷蔵庫でもそののまま保存するからでしょう。日常生活から無意識に縦向きのイメージが形成されているようです。アイデア出しの場面では、このような固定観念から解放される必要があります。「タマゴを描く」というお題に対して、縦向きのニワトリのタマゴが唯一の正解ではないのです。鳥類は1万種にのぼりますし、タマゴの大きさや色、模様も千差万別です。鳥類に限らず、魚類や昆虫類、両生類のタマゴだっていいのです。発想する時には、答えだと思えるものにたどり着いても、2回、3回と考え直してみることが大切です。思考をとめないこと。正解は1つではないのですから[図2]。

私がデザインしたものではないですが、優れたアイデア製品の例をーつ挙げておきたいと思います。公共のトイレの手洗い場では、水滴が飛散して床やカウンターが汚れていることがありますよね。これを解決したのが、水栓の吐水口だけでなく、ハンドソープの吐出口、ハンドドライヤーの送風口を搭載した手洗器「オートボウル」です。手を洗い乾燥させるまでの動作が一つのボウル内で完結するので飛沫が発生せず、製品を組み立てる際も一つの工場で済むようになります。すると、流通に必要な梱包、トラックの便数、CO2の排出量も削減できる。清掃を楽にし、資源利用の面でも無駄の少ない優れたプロダクトと言えるでしょう。この製品は各パーツのデザインによって生まれたのではなく、誰かがどこかのタイミングでトイレそのもののあり方を考えたことによるものなのだろうと思います。常に命題の原点に立ち返って考えることが重要なのではないでしょうか。

Q:違う領域の人たちと、一つのものをつくり上げるためには何が必要でしょうか。

A : たくさんの人と協働するなかでの私の役割は、未来に向けた「仮説提案」することだと思っています。いきなり自分たちで結論を出すのではなく、プロジェクトの議論を促すためのたたき台として未来の姿を提案してみるのです。そのためには、工学技術の動向を知るために、世界中のシンクタンクや企業がつくった「技術ロードマップ」を読み込むこともします。提案する際は必ず「シーンスケッチ」[図3]を描きます。たとえばテーブルをデザインする時は、かたちから考えるのではなく、テーブルが使われる新しいシーンから考える。こうして描いた絵が、その後新しい素材の登場やパーツの軽量化といった技術開発がなされた時に、それらを磁石のように集めてくれるのです。大事なのは、未来に対して夢や目標をもって向かっていくこと。未来を方向づける「1枚の絵」となる提案をし、それをチームで共有して、それぞれのネットワークを使って情報を集めていく。その編集能力が大切です。これまでの一般的なモノづくりでは、過去を分析し確実な目標を決めて進める問題解決型のアプローチが主流でした。これは安全を担保するためには欠かせないものです。しかし今の時代には、未来のあるべき姿を描く仮説提案型のアプローチも必要だと思うのです。モノに合わせて暮らすのではなく、持続可能な社会と暮らしの理想に向けてモノを考える。問題解決型と仮説提案型の両アプローチをすり合わせながらモノづくりを考えていきたいと思っています。

専門領域を横断するチームでのプロジェクトで求められる力。それはコミュニケーション力、チームワーク力、継続的な研究能力あるいは行動力ではないでしょうか。違う領域の人たちとうまく情報を共有し、納得しながら進めるためにはどんな言葉で伝えるかも重要です。工学の人たちと話す時はやはり工学の知識を共有したうえで話した方が伝わります。企画書でも最近はよりやわらかい言葉で伝えようと大和ことばに置き換えるよう心がけています[図4]。また、京都によく行くのですが、寺社仏閣や博物館で日本の歴史のなかに残ってきたものをじっくり見るようにしています。なぜ今日まで残ってきたのかがわかるまでつぶさに見る。たとえば東寺の五重塔ではクロッキーをしながら塔の輪郭を観察したのですが、実はそこには流れるような線は1つもなく、すべて細かく複雑な凹凸から成っているということに気づきました。もしかするとその輪郭線が、千年ものあいだ風雪に耐えてきたことに一役買っているのかもしれない。観察がひらめきにつながった瞬間でもありました。そんな観察の繰り返しが、人と共有できる「良さ」を見つけることにつながっているように思うのです。他分野の人たちとうまくすり合わせながら「知識」を組み合わせて「智慧」をつくる。それこそがデザインセンスで、豊かな暮らしや文化の形成のために必要なものだと感じています。

[図1~4:福田哲夫氏提供]

PROFILE

インダストリアルデザイナー

福田 哲夫

ふくだ てつお

1949年東京生まれ。日産自動車から独立後、公共交通機関や産業用機器を中心に幅広い分野のデザインプロジェクトに携わる。新幹線車両では、トランスポーテーションデザイン機構(TDO)のメンバーとして300系、700系、N700系「のぞみ」をはじめ、400系「つばさ」、E2系「あさま」、E1系、E4系「MAX」のほか数々の先行開発プロジェクトに参加。現在、産業技術大学院大学・名誉教授。京都精華大学客員教授。名古屋工業大学非常勤講師。公益財団法人日本デザイン振興会(JDP)グッドデザイン・フェロー。著書に『新幹線をデザインする仕事』(SBクリエイティブ)など。


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