2019.01.31

R&D DISCUSSION Vol.05

未来のワンシーンを描く 1枚のスケッチの求心力[前編]

福田 哲夫 インダストリアルデザイナー

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Q : インダストリアルデザイナーとしてさまざまな領域のデザインに携わってこられた中で、「デザイン」をどのように捉えていらっしゃいますか。

A : 私はデザインを「暮らしを考えること」だと思っています。カーデザイナーとしてキャリアをスタートした私は、インダストリアルデザイナーの草分けであるレーモンド・ローウィが「口紅から機関車まで」と言ったように「指輪から新幹線まで」デザインに携わってきました。私が常に考えてきたことは「美しく魅力あるものづくりを通じて暮らしを豊かにする」ということです。

これは私なりの捉え方ですが、デザインとは科学的な工学領域と芸術的な感性領域を横断し統合するプロジェクトマネジメントであり、「エンジニアリング×スタイリング=コンセプト」[図1]と言えると思っています。これを「安全」と「安心」という言葉から考えてみましょう。安全と安心は同義語のように語られることもありますが性質が少し異なります。安全は数値化でき一定の基準をクリアすれば得られるものと言えるでしょう。一方、安心は心の状態です。新幹線という高速走行する鉄の塊も計算によって安全が担保されていますが、安心して乗ってもらうための「かたち」にする必要があります。安心感は数値で測ることができず、安全が担保された上にのみ抱くことができるものと言えます。「安全性」のような数値化できる定量的なものを考えることがエンジニアリング=工学からのアプローチ、「安心感」のような数値化できない定性的なものを考えることがスタイリング=感性からのアプローチ、と私は考えています。デザインとは、エンジニアリングとスタイリングが融合して生まれたコンセプトを可視化することです。

私が関わるのは主にスタイリングで、時代を反映したかたちを考えるのが仕事ですが、デザインはモノを超えてコトを考えることでもあります。たとえば新幹線のデザインは、車両という移動の道具を考えながら旅という体験をデザインすることでもあるのです。美しく魅力的なモノやコトに出会うとわくわくして心が動かされますよね。そしてそれを大切にしたいと思える時、その気持ちは人に活力を与え、満足感も生まれます。そういったものは永く使い続けてもらえるので、ロングライフデザインとなり、さらには環境に配慮したエコデザインにも重なります。美しく魅力的で大切にされるデザインは、豊かな暮らし、さらには豊かな文化をつくることにもつながっていくのです。

Q : 新しい新幹線車両「N700S」の発表が話題になっています。
これまで手がけられた新幹線のデザインについて教えていただけますか。

A : 新幹線の誕生は1964年。東京オリンピックの年に走り始めた「団子鼻」と呼ばれる先頭形状の0系がはじまりです。私がデザインしたものは1987年の国鉄分割民営化以降のもので、一番最近携わったのは東海道新幹線N700S。これはN700系(2007年~)からさらに騒音と横揺れを軽減したもので、名前には“Supreme”のSがつきました。来る2020年から走ることになります。新幹線は世代交代のたびに、空気抵抗を低減させながら乗り心地性能の向上につなげていくのが特徴です。デザインのキーワードは3つあります。

1つ目は「風」。高速走行は沿線の環境問題となる空力的騒音や、気流による車体の揺れという課題も生みます。そこで「カモノハシ」の愛称で呼ばれる700系(1999年~)をデザインした際は、先頭形状を凸型断面とすることで環境性能と安定性を向上させました[図2]。また、車両内の風である空調システムの改善にも取り組みました。従来型の吹き出し口は天井面にありましたが、荷棚下への移設を提案したのです[図3]。これによって床下からのばす風導管の長さは従来の約半分となり、冷暖房の空調ロスを削減できるうえ、室内の温度分布の最適化を実現しました。部品も減るので、より速く走るために有利な軽量化、車体の低重心化にもつながります。今でこそ一般化したこの空調システムですが、当時は従来型とは全く違う設計となるため、空気の流れや風量などの複雑な計算が必要で、プロジェクトマネージャーとエンジニアチームの協力があってはじめて実現できたものでした。
2つ目は「音」。単に静かであることが快適な車両内環境とはいえません。たとえば、体感しにくいレベルの振動が重なり干渉し合うことで不快な環境になることがあります。快適な空間をつくるためには、騒音値(デシベル)だけでなく周波数帯(ヘルツ)からのアプローチが必要です。車両内の素材や構造を検討することで振動の発生の軽減が図られています。
3つ目は「光」。空気抵抗を減らすために車体断面が小さくなっても、光を用いた錯視効果を利用することで心理的に圧迫感のない広がりがある空間にすることができます。700系グリーン車の天井では曲面とアーチ状の線と間接照明の陰影によって、10cmほどという実際の寸法より深さを感じられるよう工夫しています[図4]。実は、世代交代するにつれ天井が低くなっていたのですが、光を使ったデザインでそれを感じさせないように工夫がなされているのです。

また、新幹線のかたちの違いは路線ごとの設計要件によって決まります。路線の輸送量を比べる時、「旅客人キロ(旅客人数×輸送距離)」という評価で見るのですが、私が携わっている東海道新幹線と山陽新幹線を足すと国内全体の輸送量のうち7割強[図5]を占めることになります。つまり、新幹線利用者全体の3/4の方に向けたデザインが必要になるのです。そのような各路線の条件によってシート一つとってみても違いが生まれます。また、東京駅で折り返し運転する新幹線が停車中に車内清掃を行うのを見たことがある人も多いのではないでしょうか。あれは実はわずか7分のあいだに全ての清掃を完了しなければならないのです。そういった条件も理解したうえで、時には清掃員の方たちとも議論しながら、かたちを考え、人の移動を総合的に考える。それが新幹線のデザインなのです。

[図1〜5:福田哲夫氏提供]

PROFILE

インダストリアルデザイナー

福田哲夫

ふくだ てつお

1949年東京生まれ。日産自動車から独立後、公共交通機関や産業用機器を中心に幅広い分野のデザインプロジェクトに携わる。新幹線車両では、トランスポーテーションデザイン機構(TDO)のメンバーとして300系、700系、N700系「のぞみ」をはじめ、400系「つばさ」、E2系「あさま」、E1系、E4系「MAX」のほか数々の先行開発プロジェクトに参加。現在、産業技術大学院大学・名誉教授。京都精華大学客員教授。名古屋工業大学非常勤講師。公益財団法人日本デザイン振興会(JDP)グッドデザイン・フェロー。著書に『新幹線をデザインする仕事』(SBクリエイティブ)など。


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