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2014.08.01

連載|ものづくりの視点 No.71

「一本の線」を引くことの大切さ

渡邉 顕彦

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工事が始まると、まず外装タイルの割り付けを命じられた。タイルはスクラッチの小口でとても味わいのあるものであった。半端なタイルが出ないように躯体図、開口部を充分に調整しなければならない。来る日も来る日もひたすら施工図の立面を睨み電卓をたたいた。外部の仕上げ工事が終わり、建設中の建物を包んでいた足場が取れると、全面タイル貼りの外壁が現れた。やはり非常に複雑な外壁である。しかしタイルは正確に貼られ、サッシュもきちんと納まり、当然のように出来上がっている。割り付けの苦労など微塵も感じられない。型枠、サッシュ、タイルなど様々な職人の連携と技の見事さに敬服したのは当然のことである。また、紙に描いたものが実際に建物として出来上がることを経験し、何とも言えない感動を覚えたのであった。私に限らず自分が設計した建物が初めて完成した時、同じような思いを持った人は少なくないようだ。

 

話は変わるが、そのころ検図や打ち合わせでは、上司からいろいろ駄目出しが出る。しかし簡単に引き下がることはできなかった。今は立場が変わり、私が駄目出しするのだが、意外とあっさり受け入れられてしまう。これは何なのだろう。考えているうちにCADに思い至った。手描きで作図していたころは1枚の図面を仕上げるのに相当な手間と時間がかかった。まずレイアウトを考え、色々思案した上でようやく線を引いた。一度描いた図面の修正は相当大変だったからである。一方、CADの導入により作図作業は格段にスピードアップした。図面の移動、同アイテムのコピー&ペーストは自由自在、修正も必要な部分だけ直せる。さらにパソコンの普及で多くのソフトが揃い、日影はおろか様々な複雑な検討も簡単にできてしまう。便利なものは大いに利用すべきである。しかしながらちょっと気になる。作図が簡単になった分、一本の線が安易になっていないだろうか。モニター上の線は実際に出来上がるモノに直結していることの意識が希薄になっていないだろうか。一本の線を引くことは相当に恐いことのはずである。

 

発明や発見は社会に革新的な変化をもたらしてきた。また、新たなツールは今までにできなかったことを可能にしてきた。建築の世界も同じである。世はまさにバーチャルの時代であるが、建築は極めてリアルなものである。我々の仕事の本質は今も昔も変わらない。それを忘れることなく、今こそ一本の線を大切にしなければならないと思っている。

Profile

株式会社三菱地所設計 取締役専務執行役員
株式会社メック・デザイン・インターナショナル 取締役社長

渡邉 顕彦

わたなべ あきひこ

職歴
1984年 三菱地所株式会社入社
2001年 株式会社三菱地所設計
2009年 建築設計二部長
2012年 執行役員建築設計二部長
2014年 取締役常務執行役員建築設計二部長
2015年 代表取締役常務執行役員
2017年から現職

主な作品・業績など
日本テレビタワー、読売北海道ビル、常陽つくばビル、JAビル

主な受賞歴
2004年 グッドデザイン賞(日本テレビタワー)
2005年 第46回BCS賞(日本テレビタワー)
2006年 照明学会照明デザイン賞(読売北海道ビル)
2007年 グッドデザイン賞(読売北海道ビル)
2012年 グッドデザイン賞(興正寺交番・駐車場)
2013年 グッドデザイン賞(東洋文庫)
2013年 神奈川建築賞(中央大学附属横浜中学校・高等学校)
2013年 東京建築賞(東洋文庫)
2013年 中部建築賞(興正寺交番・駐車場)

※掲載当時の内容になります

Update : 2014.08.01

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