中国から来られた耐震設計の専門家が、3月11日の東北太平洋沖地震では、地震の規模に比べて、地震動による建物の被害は大きくなかったようだが、それは建物が強かったのか、地震動が破壊的でなかったのかと疑問を呈した。地震によって各地に起きた地震動の性質を調べることと、それぞれの建物に何が起きたかということを組み合わせないと、総合的に答えを出すことは難しく、今も検討が続けられている。
すでに発表されているいくつかの事例からは、制振構造のしくみが、地震による揺れを効果的に低減していることが見てとれる。制振構造のしくみとは、ごく簡単に言えば、地震動によって建物に加えられた地震エネルギーを熱エネルギーなどに変換して吸収し、揺れを抑えるしくみである。どうやって地震エネルギーを変換するかといえば、地震によっておきる振動の速度に着目し、速度に応じて働くダンパーを利用している。ダンパーとしては、油などの粘性体を動かすもの、あるいは鋼材どうしの摩擦を用いるものなどがある。特殊なものとしては、屋上に置いたおもりに建物の揺れを移し、そのおもりの動きで地震エネルギーを吸収するものもある。兵庫県南部地震以来、急激に拡大してきた免震構造も、揺れを和らげる免震装置の他に、振動エネルギーを吸収するダンパーが多数配置され、揺れを効果的に減らしている。そういう点からは、免震構造も広義の制振構造とも言える。こうした制振構造のしくみが働き、天井の被害、家具の転倒などが防止され、超高層建物で起きた後揺れも比較的短時間で収まっている。
速度に着目して、地震動に対処することは、現時点での耐震設計技術の最高の到達点である。具体的な装置、それらの効果的な配置方法など多様なものが開発されている。これをさらに応用して、振動エネルギーから電気エネルギーを効率よく生み出すしくみも開発されつつある。もちろんこの場合、振動エネルギーはまれに来る地震動ではなく、風や波などの常時加わっている振動が対象となる。
速度を意識してうまく制御するというのは、この地震で新たな課題となった建物の津波対策でも重要な観点である。津波によって構造物に加えられる力は、浸水高に比例するが、水の勢い、速度が増すと飛躍的に大きくなる。したがって、力として戦うためには、速度を適切につかまなければならない。構造物に加わる前に、勢いを弱めるしくみが用意されていれば、津波による力は減じるので、そのしくみをうまく作ることも効果的である。もちろん、逃げなければならないと判断すれば、逃げる速度が追いかける速度を上回らなければならない。
速度を制御する、速度を意識することは復興という事業についても重要な視点である。あるべき町の姿を考え出す復興計画というのは、時間軸を外した静的なものになりやすい。そして、誰にとっても都合の良い復興計画というのはおそらくあり得ない。時間軸が弱く、全員が合意できない計画は、簡単には進まない。復興の速度を意識すれば、人間活動の復興に重点を置いて考えることになるのではないか。ここで、人間活動というのは、第一に生産である。農業、漁業、工業というものから商業、流通、観光、教育というような幅広い生産活動を急いで復興しなければならない。そのためには、季節や市況などの時間軸が重要な意味を持つであろう。タイミングを外すと復旧さえできない恐れもあると心配している。こうしたことは、復旧というレベルのものかもしれないが、震災前から、将来こうしたいという想いはあったはずだから、復旧が動き出すことによって、復興へとつながっていく。そして、復興が動き出して、その速度がより意識されるようになれば、加速度的に復興が進むのではないだろうか。
Profile
元株式会社三菱地所設計 代表取締役専務執行役員
深澤 義和
ふかさわ よしかず
Update : 2012.01.01