新しいまちづくり勉強会

都市におけるグリーンインフラと
スマートシティにおける
AIの導入 【前編】 ニューラルグループ株式会社 常務執行役員 まちづくり事業本部長 
一言 太郎 氏

国土交通省・スポーツ庁に在籍時代、都市公園や都市農地、スポーツ施設などに関する総合的なまちづくり・地域づくりの政策業務に携わり、その後、ニューラルグループ株式会社に移りデータ取得・活用を通じたさまざまなプロジェクトを手掛ける一言太郎氏。
日本造園学会関東支部の活動をきっかけに三菱地所設計との交流が始まりました。
まちづくりに関する注目テーマを皮切りに、まちづくりにおけるグリーンインフラの果たす役割やデータ活用の方策などについて伺いました。

いま注目すべき「まちづくりのテーマ」とは

事務局 公園等の政策立案等業務を中心的な立場で携わられていた国土交通省から、データを扱う現在の会社(ニューラルグループ株式会社)に所属を変えられた経緯についてお聞かせください。

一言 国家公務員として政策実務に携わる中で、民間の素晴らしい技術がうまく政策に落とし込めていなかったり、行政のニーズがうまく民間に伝わっていなかったりすることが多いように感じていました。この仲介役を民間側に立ってやることが、自分の職業人生の後半の役割になるのではないかと思い、決意しました。
また、私は立場がどこであれ、都市公園をライフワークとして位置づけていますが、自治体の担当者が十分に都市公園の利用実態を把握できていないことを課題に感じており、公園行政に携わる人に対して公園を誰がどのように使っているかをしっかりと可視化できるようにすべきだと思いました。 ニューラルグループのAI の画像技術を使うことによって、空間利用のリアルな実態を常時見ることができます。
計画や行政の事情が分かっている人間が技術側に立つことで、行政側の思いとそれを叶える技術の橋渡し役になれれば、と思い所属を移ることにしました。

事務局 「まちづくり」を考える際、スマートシティなどの概念や思想、環境や交通といった分野、公園、更には樹木やファニチャーといったまちの構成要素など多様なスケール、テーマがあります。今後「まちづくり」を語る上で一言さんが注目するテーマについてお聞かせください。また、国の政策的な視点から外せないテーマについてもご見解を頂きたいです。

一言 まず政策的な視点からでは、自然災害が多い日本、更に気候変動が顕著な時代においては『防災・減災』は繰り返し取り上げられるテーマであると言えます。流域治水関連法が制定されましたが、人口減少も相まって、そもそも人が住むべき場所ではないところを明確化することが許容される時代がようやく来たと感じています。これからのまちづくりに際しては、どういうところに人が住まうべきなのかという立地の観点、住まう土地をどう豊かにしていくのか、をしっかり考えていく時代になると思います。
『エリアマネジメント』も重要なテーマです。情報化もあいまって、地域の意思決定は行政単独ではなく、より幅広い地域主体の総意で行われる方向にどんどん変わりつつあります。エリアマネジメントに一般化した答えはなく個別最適化を図る必要があり、そのためには丁寧なコミュニケーションが求められ、とりわけ客観的なデータが果たす役割は重要であると考えます。
樹木やベンチといったスモールスケールの要素も、まちの雰囲気をつくるのに重要です。何の変哲もない木であっても、ある人にとっては「自分の子供が初めてセミを取った木」という思いが乗っているかもしれません。空間を構成する小さな要素にも人の気持ちが積層しているという想いを持ってデザインや整備を進めることが大事だと思います。小さな要素をデザインするだけで、高齢者や子供が「その空間に居ていいんだ」というメッセージを出すことも可能になるのではないでしょうか。
『サステナビリティ』、『コンパクトシティ』という概念、『スポーツ』や『健康・ウェルネス』という分野もまちづくりにおいては重要なテーマになると思います。
『コンパクトシティ』は、自治体が都市のサステナビリティを総合的に検討するきっかけとして、非常に重要な概念です。『ウォーカブル』、『スマートシティ』など国交省の都市局から提示される政策は世の中に出すまでにかなり練られており、いずれも重要な概念だと思います。一方で、こういった概念は非常に幅広い分野に接断的に関わるため、実は共通言語になっていないケースもあるように思います。

ニューラルグループによる、AIを活用した人流解析システムの活用例。自由が丘駅(東京都)周辺にカメラ・AI機器を高密度に設置。長期的に安定したデータを取得し続けることで、街の経年変化やイベント効果の検証等を継続して実施し、街を通じて人びとによりよい生活環境やサービスを提供するための試み。
この際、「データをどういう視点で見るか」を提示できる街・施設管理者と、「可視化されたデータに意味付けをする」解説者の双方の役割が要求される。
(資料:ニューラルグループより提供)

「グリーンインフラ」のこれまでとこれから

事務局 現在グリーンインフラという言葉やその意味が拡大していますが、この言葉が生まれたスタート地点はいつなのか、そこからどう発展していったのか経緯を確認させてください。

一言 政府の文書にグリーンインフラの文字が最初に出たのは平成27年の『第二次国土形成計画(全国計画)』です。その後、平成30年頃から総合政策局において具体的な検討が始まりました。現在では『グリーンインフラ官民連携プラットフォーム』など、官民で取り組む体制が構築されています。その過程で私も国土交通省として議論に参加させて頂き、グリーンインフラとは何なのかを検討していました。その中で『成長するインフラ』という考え方が生まれたのです。
コンクリートは作った瞬間から劣化が始まる一方、自然は適切に人が関与することによって機能が向上していくインフラであるという考え方です。この考え方は、省内でも徐々に理解が進んでいるように思います。

事務局 国土が持っている魅力と力をより成長させていく道筋としてグリーンインフラという言葉が使える、というのが国交省の思想のもとに根付いていることが確認できました。これに都市をどう絡ませていくか、都市の中の施設にどう落とし込んでいくかが設計事務所の課題であると思います。
『グリーンインフラ官民連携プラットフォーム』という官民連携の枠組みの中で、技術だけでない面として「金融部会」が設けられているのが大変興味深いです。設立経緯を教えてください。

一言 国土交通省での議論と並行して、DBJ (日本政策投資銀行) においてグリーンインフラの議論が行われていました。それまで公園や緑地は公共が作るものという前提がありましたが、たとえば三菱地所など民間デベロッパーの大型開発でも、緑地空間を開発の差別化のために活用したり、付加価値として活用するような取り組みが増えてきていました。また、ESG 投資が拡大していたり、リスクの低減に対して民間の資金が拠出されるようになっていたりという動きが出てきていました。
こういった民間のマネーを社会の為にどう生かすか、そのきっかけとしてグリーンインフラがキーワードになるのではないか、その仕組みを考えていこうという議論になりました。世界的にサステイナビリティへの投資機運は高まっており、実際に海外ではグリーンインフラにお金が集まっている事例が報告されていました。集めてきた税金の中で仕事をするのではなく、そのお金に民間の投資を組み合わせてより大きなグリーンインフラの事業を実施する――その方策を考える場として金融部会を立ち上げることになりました。

事務局 国土交通省において、グリーンインフラの走り出し時期にその促進を仕掛けた一人である一言さんですが、グリーンインフラの次の展開、特に都市への展開はどうなるのか、ご見解を頂ければありがたいです。

一言 街の個性は何で構成されているかを改めて考えてみると、『景観』と『食』は最も代表的な要素だと思います。景観はまさに自然環境によって構成されますし、食も、素材、調理方法含めて自然の恵みが前提となっています。都市農業の仕事に関わっていた際、その地域でしか採れない食材がたくさんあることを知りました。
こういった自然環境はその地域の個性や人の生活を形作る基盤となっています。愛着を持った住みやすい街づくりや観光政策等を検討する際、場づくり、資源づくりに真剣に向き合う程、グリーンインフラは重要な要素になるのではないでしょうか。

事務局 観光への展開の他、面白いアイデアはありますか?

一言 土地利用としての都市農地の役割についても改めて再認識が必要になると思います。超高齢化社会を迎え、自治体財政における福祉予算の効率化は非常に重要な課題です。また、財政面だけでなく個人の幸福の観点からも、健康寿命を延ばすことがより一層重要になっていくでしょう。
そのためには、様々な形で体を動かす機会を提供する必要があります。スポーツの機会を増やすことも重要ですが、居住地の近くの都市農地をそのために活用していくということもニーズがあると考えています。野菜を作るのはかなり体を動かしますし、朝も早起きになり、持って帰ってくる野菜は家族や近隣とのコミュニケーションを生み出します。都市農地をうまく活用することで、社会的な幸福度が上がるのではないかと考えています。

三菱地所設計による、都市型グリーンインフラの実践事例「グランモール公園再整備」。みなとみらい21地区の中心にある公園のリニューアルにあたり、緑量を拡大し、保水性舗装と地中に雨水貯留機能を有するグリーンインフラを導入している。
グリーンインフラ官民連携プラットフォームにて、都市空間の事例に採択。

事務局 グリーンインフラの防災機能についてですが、自然のもつ保水力等の数値的根拠は明確化されているのでしょうか。

一言 なかなか数値的な根拠を明確化するのは難しく官民連携プラットフォームの技術部会で継続的なテーマになっています。屋上緑化による下水負荷の低減や西東京市の屋敷林の保水力の研究等が進んでいます。

事務局 業務においてもグリーンインフラをどのように評価すべきかを議論する機会があり、まさに何をどう定量化していくかが課題となっています。また、「ウォーカブルなまち」という別の視点でも『まちなかの居心地の良さを測る指標(案)』(2020, 国土交通省) など定量化指標の議論がなされています。居心地に対する定量的な指標について何らかアイディアはありますでしょうか。

一言 まさにそれをやりたくて転職をしました(笑)。ただ、技術的な課題もあれば、そもそも居心地の指標とは何かという議論も必要だと感じています。例えば、画像解析において「笑顔を図ってみたい」とか「そこにいる人のアクティビティを知りたい」というリクエストがあります。ただ、果たして笑顔だから居心地が良いと言っていいのかどうか、というような議論自体がもう少し必要であるように思います。こういった不確実な解析項目については、技術的な開発を行う前に、目視やアンケートによるジャッジを積み重ねていく必要があるのではないかとも感じています。
一方で「滞在人数」などの基本的なデータは既存の技術でもできるので、すでに取得できるデータから指標を深度化していくアプローチもあっていいのではないかと思っています。グリーンインフラの評価も同様ですが、「評価をしなくてよい」とあきらめず、絶対的な評価指標は見つからないかもしれないが何らか評価をしていこうという心持を持ち続けていくこと、新しい技術を常に把握していくことが重要だと思います。

一言 太郎 

ニューラルグループ株式会社 常務執行役員 まちづくり事業本部長

2006年東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、国土交通省入省。都市局公園緑地・景観課、まちづくり推進課等で都市公園、都市農地、復興等に関する業務を担当。2015年10月~ 2017年6月までスポーツ庁に出向。スポーツ施設に関する政策担当者として、スポーツ基本計画、スタジアム・アリーナ改革指針、スポーツ施設のストック適性化ガイドライン策定等に従事。2021 年より現職。国や自治体、民間企業と共に、まちづくりにおけるデータ活用の様々なプロジェクトに参画している。