メイン写真:丸の内ビルディング6階のフロアガイド(2021年)
Q : 情報過多と言われる今の時代において、「サインデザイン」の重要性はますます高まっています。「サインデザイナー」とは、どのような職能でしょうか?
A : 「サイン(SIGN)」が示すものは幅広く、建物についている「サイン」以外にも、署名、看板、手まね、身振り、紋章、兆候、合図など、いずれも「サイン」と言いますよね。つまり、伝える、表すもの。人と人、あるいは人ともののコミュニケーション(相互理解)成立のために、行為や気持ちを代行し、意図する情報を共通に認識できる適切なかたちで伝え、表したもの、と言えます[スライド1・2]。
建築プロジェクトにおいて「サインデザイナー」が担当するサインは大きく5つに分類できます。1. シンボルサイン(表札)、2. 総合案内サイン、3. 環境演出サイン、4. 誘導サイン、5. 定点(目的地)サインです。その施設のロゴをデザインしたり、サインを掲示するための什器をデザインすることもあります。サインを構成する文字や図の形や大きさ、色を決めることも大切な仕事ですが、最も重要なのは「情報」のデザインです。つまり、建物を利用するあらゆる人を対象に、どこで、何の情報を、どのように提供するのか。サインデザイナーがプロジェクトに参加するのは比較的設計の最終段階が多いのですが、まだ情報自体がバラバラで、掲示内容が決まっていない状態がほとんどです。最初に情報整理をして関係者間で共有しなければ、具体的なサインデザインはできません。
先ほど申し上げた通り、サインは人とのコミュニケーションの核であり、建物の第一印象を決める重要なファクターです。サインで建物のコンセプトを伝えることも可能ですし、サインがわかりやすく、建物利用者が安心して活動できれば良い印象を与え、逆であれば、不親切な建物だと印象づけてしまう。多すぎると煩わしく、欲しいところに欲しい情報があると心地よい。サインは人の活動に欠かせないインフラであり、膨大な情報の中から、何をどう表現するか、それをデザインしていきたいと考えています。それは「編集」にも似た仕事で、最近、私は自身の肩書きをサインデザイナーではなく、「情報デザイナー」としています。
Q : 実際のプロジェクトでは、どのように情報をデザインされているのでしょうか?
A : 情報にはいくつか種類があります。大きくは3つ、象徴としての情報(Symbol)、含みのある情報(Connotation)、直接的な情報(Denotation)にわけることができ、それに応じたデザインで伝えることが大切です。サインの字体や色彩には流行もありますが、基本的には世界で共有されている認識、共通コードにのっとり、空間にあわせて選びます。その上で、デザインの固有性を重視するか、共通コードの使用を優先するのかについては、情報の種類によって変わります。例えば、建物名を示すサインは象徴性が重要なのでオリジナルのロゴデザインをつくることが多く、一方で、男子トイレなのか女子トイレなのかを示すサインは、男女の場所を間違えて伝えると大きな問題に発展しかねないので、より直接的に伝わるよう表現にします。また、サインによる人の行動モデルは、マーケティング業界でよく言われる消費者の購買行動モデルに似ており、認知・注意(Attention)→興味・関心(Interest)→行動(Action)につながります。つまり、まずは気づいてもらい、興味をもってもらわないと、目的を達成できない。そして人は「親切に伝えてもらっている」と感じれば素直に従いますが、「不親切だな」と感じれば素直に従わないものです。この「親切心(A Kind Heart)」は、コミュニケーションの原点だと思います。しかし例えば、図や記号で表現するピクトグラムは、子どもや外国人にもわかりやすい反面、多用すると子どもっぽくなり、空間の印象を変えてしまうこともある。ピクトグラフィとタイポグラフィのバランスを考慮する必要もあります。
そもそも書体はデザイン史だけでなく建築史とも深い関わりがあると言われます。紀元前まで遡って書体の歴史を調べ、年表をつくったこともあります。また、建築が立つ土地の歴史を調べ上げ、デザインに取り込むこともあります。時に人から「マニアック」と言われますが、「想像力は記憶から生まれる」という言葉を信じていて、とにかく情報を集めて整理することが大切だと考えています。また、人の深層心理を理解してデザインしたいので、精神分析学者のジークムント・フロイト(1856−1939年)が言うところの「人間には2つの相反する衝動 ——— 生きる衝動(エロス)と死ぬ衝動(タナトス)がある」を意識してサインを計画したりもします。この2つは表裏一体で切り離すことができず、振り子のように行ったり来たり、2つの間で揺れ動いているとされています。サインも相反する2種を組み合わせる、例えば商業施設のサインはエロス的に人の目線に多く触れるように掲示し、屋外のサインはタナトス的に全て目線以下に掲示して自然に埋没するように掲示するなど、無意識の心理に訴えるような計画も心がけています。また、哲学者のカール・マルクス(1818−83年)の『資本論』によれば、商品には「使用価値」と「価値」(前者は水や食べ物など人々の欲求を満たす価値、後者は人々の労力がもたらす価値)が内在し、労働、歴史的背景、周囲の環境、ブランディング、不動産などの価値などは後者に分類されます。サインデザインは社会の経済活動にも直結しますので、この「使用価値」や「価値」をどのように伝え、表すことができるかを計画していくことも重要だと考えています。
PROFILE
情報デザイナー、株式会社八島デザイン事務所代表
八島 紀明
やしま としあき
1970年三重県鈴鹿市生まれ。1984年に家族で渡米、1989年ハワイ州カイムキ高校卒業。大学入学を機に帰国し、1994年法政大学法学部法律学科卒業。20代はツアーコンダクター、ウェイター、バーテンダー、ホテルマン、土方、トラックやバイク便の運転手、ビル清掃など、さまざまな職を経験し、30歳でデザイナーを志す。1995年〜ホテルインターコンチネンタル、1996年〜有限会社菜々六工房、1998年〜株式会社びこう社、2000年〜株式会社イリア、2002年〜有限会社井原理安デザイン事務所勤務を経て、2009年に株式会社八島デザイン事務所設立。
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Update : 2018.09.21