2022.04.25
R&D DISCUSSION Vol.38
2050年、カーボンニュートラル実現に向けた日本の戦略[後編]
齋藤 卓三 一般財団法人ベターリビング 住宅・建築センター評定・評価部長
Q : カーボンニュートラル実現に向けた、海外での取り組み例を教えてください。
A : 日本と海外で、省エネ化に関する技術に差はあまりありません。ですから、カーボンニュートラルを達成するためには、他の先行国と同様の取り組みをしていくことになると思います。
具体的な戦略を示している英国が参考になりますので、ご紹介します。建物部門におけるメインのシナリオは、エネルギー効率の向上と低炭素暖房・熱供給の導入で、EPCs(Energy Performance Certificates/建物のエネルギー効率をAからGレベルに分類して示す省エネ認証)でCレベルの省エネ住宅導入を進めること、地域熱供給を推進することを掲げています。さらに進んだ目標として、ヒートポンプ、水素地域熱供給、スマート熱貯蔵への最新技術の展開を掲げ、2025年以降、新築住宅をガス網に接続することが禁止になります。これは非常に大きなインパクトがあり、いずれ日本でも同様の対策を行うことになるかもしれません。日本の多くの共同住宅ではガスを熱源とした床暖房が導入されていますが、実は電気等のヒートポンプ技術を使った方が効率は良いわけです。ガス暖房の設置・使用の制限が日本でも現実化する可能性を考えて、英国の動向に注目していただきたいと思います。
日本におけるBELS(Building-Housing Energy-efficiency Labeling System)のような省エネ性能表示制度も、海外ではすでに先進的な取り組みがなされています。米国には、省エネだけでなくグリーンをどう活用するかといった総合的な環境性能認証であるLEED(Leadership in Energy and Environmental Design)という制度があり、一方で、省エネだけに特化した仕組みとしてENERGY STARという制度が1992年から導入されています[スライド1]。
日本でも環境性能総合評価であるCASBEEが存在しますが、省エネ性能のみに特化したBELSは2014年、まずは非住宅の評価指標として始まり、2016年に住宅を含むすべての建物が評価対象になりました。非住宅全体でみると取得件数は右肩上がりで増えているとともに、ZEBを達成した建物の割合も同様に順調な増加が見られます。今後さらに増やしていくことを目指しています。BELSに関しては、将来的に省エネ性能表示が義務化される可能性は非常に高いと思われます[スライド2]。
Q : 省エネ対策の先行国に追随するとなると、今後、実務にどのような影響が考えられますか?
まず、国等による政策的な圧力が生じると考えられます。例えば、米国では多くの自治体で先述のENERGY STARによる毎年のベンチマークと報告義務が課せられています。また、英国では省エネ性能表示を義務化するだけでなく、評価が一定以下の建物は2018年以降、賃貸することが違法となっており、日本でも2050年のカーボンニュートラル達成が難しくなってきた時には、同じく基準以下の建物は賃貸禁止になる可能性もあります。性能表示を積極活用することが世界の潮流ですので、おそらく日本もそうなっていくでしょう[スライド3]。
投資機関による融資上の圧力は、最近、日本でBELSの取得件数が増えてきている理由の大きな1つでもあります。欧州の公的年金基金は、国連が提唱する責任投資原則(PRI)に則り、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の指標を資産運用に組み込むESG投資の考え方を導入しています。莫大な金額を運用する機関が、省エネ対策が低評価の企業・事業には投資を行わないという方向に大きく動いているわけです。それを受けて、日本の銀行等も、例えばCO2排出量の多い石炭火力発電所には融資しないという流れに変わってきました。BELSなどの評価指標を導入しようという不動産業者も急速に増えています。今後さらにこれらの圧力が厳しくなると、既存建物の省エネ性能向上を目的とする改修案件が、かなり増えてくると思います[スライド4]。
設計実務も少なからず影響を受けるでしょう。現行の省エネ計算方法に基づいて計算すると、事務所ビルはそのエネルギー消費の大部分を照明設備と空調設備が占めており、この2つの省エネ性能をいかに良くするかが大きなポイントとなります。一方で建築基準法では、事務所ビル等の簡易なミニキッチン設備でも、面積に関わらず1時間あたり200m3という換気量を確保するよう運用されています。換気設備自体のエネルギー消費量は少ないのですが、こうした過剰な換気により空調のエネルギー負荷が増えてしまいます。この辺りの“塩梅”を視野に入れた基準法の改正も求められるところですが、いずれにせよ今後、照明、空調、換気の3つを一体的に考えていくことが、省エネ性能の効率的な向上において求められると思います[スライド5]。
また、CO2削減目標、つまりエネルギー消費原単位の算出方法自体も、今後、見直しが行われると思います。現行の運輸、産業、建築、すべてに共通して使用される原単位で計算すると、近年の技術革新により、EV車よりもエンジン車の方が熱効率の数値が良くなってしまうケースがあり、よりCO2の削減に向けた原単位の再検討がなされると予想しますが、その影響で建築部門でも「CO2削減のため全て電気にシフトチェンジ」という方向へ進むとしたら、それは本当に好ましいことなのかどうか、よく考える必要があるでしょう。
ガス業界でも「2050年に向けてガス自体をカーボンフリーに近づけていこう」と模索していますし、個人的には、電気にもガスにも長所があるので、それぞれの良い部分を活かして省エネを進めていくのが最善の解決方法だと考えています。例えば、現行の省エネ性能の算出方法ではエコキュートを導入すれば簡単にZEH基準を満たしてしまいますが、お湯の使用量が多い世帯ではエコキュートだけでは賄えず、最後に風呂に入る人は十分にお湯が使えないケースもあります。電気とガスの良い部分を使い分けて活用していくことが正解だと思います。そういったことまで計算に反映できるようにするのか、あるいは2050年のカーボンニュートラル実現がとにかく優先されるのか、それは今後の流れを見ていかないと分かりません。広く情報を集めていっていただきたいと思います。
PROFILE
一般財団法人ベターリビング 住宅・建築センター評定・評価部長
齋藤 卓三
さいとう たくぞう
1991年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。現在、一般財団法人ベターリビングで住宅・建築センター評定・評価部長を務めるほか、一般社団法人住宅性能評価・表示協会において省エネ適判部会部会長および省エネ評価部会部会長、ZEBロードマップフォローアップ委員会委員、ZEHロードマップフォローアップ委員会委員、長期優良住宅認定基準の見直しに関する検討会委員、住宅の省エネ性能の光熱費表示検討委員会委員等を務めている。
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Update : 2018.09.21