2022.04.25

R&D DISCUSSION Vol.37

2050年、カーボンニュートラル実現に向けた日本の戦略[前編]

齋藤 卓三 一般財団法人ベターリビング 住宅・建築センター評定・評価部長

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Q : 2021年10月に英国のグラスゴーで国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催されたことは記憶に新しいですが、日本国内ではカーボンニュートラルの実現に向けて、どのような取り組みが行われているのでしょうか?

A : 2020年10月に菅義偉内閣総理大臣(当時)が所信表明演説でグリーン社会の実現について言及し、温室効果ガスの排出を2050年までに全体としてゼロにする、すなわち2050年にはカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すと宣言しました。 日本の省エネ基準は、1979年に制定された「エネルギーの使用の合理化等に関する法律(省エネ法)」に基づいていますが、その背景にはオイルショックがあり、建築、運輸、産業などを一体として考え、総合的な省エネを進めていくために制定されたものでした。当時は「石油をなるべく使わず、エネルギー使用量を減らそう」というねらいがありましたが、現在は「カーボンニュートラルを達成するための1つの手法としてエネルギー使用量を減らそう」という方向に目的が変わってきています。

現在のCO2排出量から考えると、2050年にカーボンニュートラルを実現するためには、かなり急進的な対策が必要となります。問題を一つひとつ解決しながら堅実に進めていくやり方では到底間に合わないため、設定したゴールから逆算して、残された期間でどう対応していくか、という「バックキャスティング手法」により目標を設定しています。途中で問題が発生したら、走りながら解決していきましょうという進め方は、私が知る限り、省エネ政策においては、あまり経験したことがない手法ですが、国は2050年に向けてこのような目標設定で政策を進めていくと定めています。

まずは2030年度に向けて、産業、家庭、運輸など、さまざまな分野で省エネを推進するための目標が設定されており、その中で建築分野では、新築建築物における省エネ性能の向上、建築物の省エネ化(改修)、新築住宅における省エネ性能の向上、既存住宅の断熱向上の4項目で具体的なCO2削減目標が設定されています[スライド1]。非住宅(業務部門)と住宅(家庭部門)でそれぞれ別の数値目標を立てていますが、あくまでもゴールから逆算して掲げた数値なので、おそらく今後、数値はバランスを調整しながら見直しが行われていくだろうと思います。現状、すでに「既存の省エネ改修」よりも「新築の省エネ性能の向上」が占める割合が大きくなっていますが、既存のものに断熱材を追加していくのはかなり大変なので、新築側でもっと省エネ化を進めていこう、という現実的な目標に切り替わっていくのではないかと思います。また、非住宅の方が省エネ性能向上に着手しやすいため、「非住宅における新築建築物の省エネ性能の向上」の割合がさらに増えていくことが考えられます。

Q : 建築分野での目標達成に向けた具体的な計画はあるのでしょうか?

国土交通省、経済産業省、環境省が連携して設置した検討会において、「脱炭素社会に向けた住宅・建築物における省エネ対策等のあり方・進め方に関するロードマップ」が作成されており、住宅と非住宅、それぞれの新築3段階(ボトムアップ、レベルアップ、トップアップ)と既存の4項目で省エネ対策の進め方が提示されています[スライド2・3]。

まずは住宅に関して、現在は規模によって省エネ基準適合の要件が違います。例えば、小規模住宅は説明義務、中規模と大規模は届出義務となっていますが、2025年には規模に関わらず省エネ基準適合を義務化することを目標として、これから3年間で支援措置や優遇税制を設け、なるべく義務化まで持っていこう、というのがボトムアップ対策です。
レベルアップ対策としては、誘導基準をZEH(Net Zero Energy House/ゼロ・エネルギー住宅)レベルに引き上げる、住宅性能表示においてZEHレベル以上の等級を表示できるようにすること(2022年4月改正予定)などが設定されています。これには先述の優遇税制などをスムーズに進めるために、表示制度を活用しようというねらいがあります。
トップアップ対策としては、ZEH+(ZEHより高い省エネ性能、再生可能エネルギーの自家消費率を実現する住宅)やLCCM(Life Cycle Carbon Minus/建設から運用・廃棄までのトータルでCO2収支がマイナスとなる)住宅を評価する仕組みとして、補助・支援制度の拡充が進められようとしています。既存住宅においては「省エネ改修の推進」とありますが、おそらく現時点ではなかなか進まないのではないかと考えます。例えば、戸建住宅はそもそも気密性が低いため、住宅の一部を断熱改修し高性能化したところで断熱性能は上がらないわけです。どうしたら既存住宅の省エネ性能を向上できるのか、バックキャスティング手法で現実的に考えていく必要があります。

非住宅建築物でも住宅と同様に、ボトムアップ対策としては2025年、規模に関わらず省エネ基準適合を義務化することになっています。とはいえ、小規模建築では、計算対象となる設備機器がテナントの意向に合わせたC工事で取り付けられたものが非常に多く、設計段階での基準適合の計算が出来ないという問題を解決していく必要があります。小規模建築に関しては非住宅用の仕様基準を作成し、設備機器を後付けする際は基準を満たす性能のものを取り付ける方向に誘導できるようにしてはどうか、と提案をしています。
レベルアップ対策としては、住宅よりも厳しい誘導基準(省エネルギー性能指標BEI=0.6または0.7)に引き上げることが検討されており、用途によっては、適合基準がかなり厳しくなる可能性もあるので注意が必要です。トップアップ対策としては、ZEB(Net Zero Energy Building/ゼロ・エネルギービル)実現に対する支援をさらに充実させること、既存に関しては省エネ改修の推進をうたっています。非住宅の場合、性能の良い新しい設備機器を導入することで省エネ性能が向上するのですが、計算方法に課題があります。省エネ法上、建築物はすべての設備を計算することになっていますが、実際の設備改修は「今回は照明だけ、空調は次回」というように段階的に進められることが多いため、「ZEB空調」など設備ごとにZEBの評価ができたほうがいいのではないかという議論もあります。 住宅・建築物の他には、再生可能エネルギーの導入推進策として、太陽光発電の設置を促進するためにPPA(電力販売契約)モデル、いわゆる屋根貸しのビジネスモデル定着に向けた取り組みがうたわれ、機器・建材の性能向上としては、TR(トップランナー)制度強化などを組み込まれています。

最大の問題点は、急進的に義務化を進めると技術者が圧倒的に不足することです。現状、省エネ性能の計算を請け負っている申請代行業者も手一杯であるという話をよく聞きます。きちんと計算できる体制を整備するため、人材確保に加えて、より簡易に計算できる方法の整備についても検討していかなければなりません。

[スライド:ベターリビング提供]

PROFILE

一般財団法人ベターリビング 住宅・建築センター評定・評価部長

齋藤 卓三

さいとう たくぞう

1991年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。現在、一般財団法人ベターリビングで住宅・建築センター評定・評価部長を務めるほか、一般社団法人住宅性能評価・表示協会において省エネ適判部会部会長および省エネ評価部会部会長、ZEBロードマップフォローアップ委員会委員、ZEHロードマップフォローアップ委員会委員、長期優良住宅認定基準の見直しに関する検討会委員、住宅の省エネ性能の光熱費表示検討委員会委員等を務めている。


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