2022.04.25
R&D DISCUSSION Vol.35
地域プロジェクトを通して見えてくる 建築に求められる「+α」[前編]
竹内 泰 東北工業大学教授(- 2021年度)、株式会社あび清総合計画 代表取締役社長
トップ画像:宮城県南三陸町、志津川での番屋プロジェクト(2011年4-5月)
1994-2009年、三菱地所/三菱地所設計で「丸の内オアゾ(OAZO)」(実施設計)や「新丸の内ビルディング」(実施設計)、「パレスホテル東京」(コンペ~基本計画)などを担当された竹内氏。退職後、東北地方の大学にて教育・研究活動として取り組まれてきたプロジェクトをご紹介いただきながら、近年、社会が建築に求める内容が大きく変化しつつある状況について、ともに考えます。
Q :建築そのものだけでなく、現地の周辺状況や歴史的・社会的な背景までを考察するフィールドワークを行うなど、建築を取り巻く「+α」に調査・研究の対象を広げるようになった経緯を教えてください。
A : 大学時代に行ったイタリアの町にマリア像が点在しているのを見て、京都の町に散らばる地蔵などの小さな祠(ほこら)に着眼するようになりました。町にある小さな祠をまとめて聖祠と呼んでいますが、それらが、町の成り立ちや仕組みとどのように関係しているのかを研究し、修士論文にまとめました。
三菱地所(当時)に就職してからも、休暇を利用してインドのジャイプルという町の祠の配置調査を行うなど、個人的な研究活動は継続していましたが、京都の地蔵をより深く研究したいと考えるようになり、大学に戻りました。聖祠が多くあるネパールなどにも研究範囲を広げ、また、2009年にスマトラ島沖地震が発生した際には、ユネスコから日本の東京文化財研究所に歴史的建造物の被災調査要請があり、その調査団の一員に加わる機会を得ました。西スマトラ州の州都パダンにおいて、町と歴史的建造物の被災調査を行い、その成果はユネスコより出版されています。
地域の課題とより現実的に向き合うようになったのは、2011年3月に発生した東日本大震災からです。当時は宮城大学に在籍しており、実家が被災した学生も多くいたことから、先ずは目の前で助けを必要としている方々の役に立ちたいと考え、被災した漁師さんらと相談し、漁業の復興拠点となる施設を建設する「番屋プロジェクト」を立ち上げました[ページトップおよび写真1・2]。漁業を復興するにあたって、取り急ぎ必要なのは、漁師さんの休む場所、集まる場所となる「番屋」だということで立ち上がったプロジェクトです。全国の大学の学生たちや三菱地所設計の方々を含む社会人有志たちからさまざまにご支援をいただきました。5月には、「木匠塾」という活動のご縁から岐阜県中津川市の森林協同組合さまに提供いただいた木材と、宮城県の沿岸部で被災した木材や合板を用いて、南三陸町の志津川に小さな番屋を建設しました。それが他の支援者の目に留まり、さらに2棟、東松島市の浜市と気仙沼市の唐桑に建設することができました。後者は現在も牡蠣小屋として利用され、地元の経済に貢献できています。また、復興に向けたまちづくりとして地域ごとに発足した幾つかの協議会にも関わらせていただきました。地元の方々から相談される大小さまざまな悩みや希望に対してアドバイスし、可能なものは図化して示すようなお手伝いをしました。そのような活動を経て、2015年に東北工業大学に異動しました。
2015年以降も、インドネシアやネパールで大きな地震が起こるたびに、歴史的環境を再興するための調査研究に取り組みました。またそれらと並行して、日本国内でもいくつかの地域プロジェクトに参画させていただいています。これらの経験から、建築に対するニーズをきちんと理解するには、実際に現地に行き、現場を取り巻く状況を把握し、現地の生きた情報を入手することが非常に重要だと実感するようになりました。
Q :これまでに手がけた地域プロジェクトには、どのような事例がありますか?
A : 今回は、日本での3つの事例をご紹介します。1つ目は東北工業大学に異動した頃に関わらせていただいた、山形県のある町の廃校利用計画です[スライド2・3]。そこは戦後すぐの頃に、先駆的な自然教育で全国的な注目を集めた地域で、その地域の学校が廃校となったことから、旧校舎を改修し自然教育学習センターとして再生させようとする計画でした。
企画内容に沿って建物の各階に機能を配置し、建物の駆体を活かしながら機能をレイアウトし直すことで基本設計を仕上げました。しかし実現には至らず、計画のみで終了しました。企画時は、この施設と地域内外(地域、町、県、県外)において自然学習ネットワークを形成し、情報を発信していくという考え方が前提としてありましたが、それらを具体的に連携させる方策が詰めきれていなかったために計画段階で終了した事例と言えます。この提案では、建築単体の再生を機に地域住民がその施設の運営に関わりながら、少子化高齢化、建物の有効活用、地域文化の継承、行政サービスの向上など、地域の課題を解決していくことがイメージされていました。
Q :地域的な課題も含め、実際に「建築+α」として取り組まれた事例はありますか?
A : 2017年、岩手県某町における地域再編計画に関わらせていただきました[スライド4-7]。その町は山深い豪雪地帯にあり、1つの村と1つの町が合併し、今の町が誕生した経緯があります。計画では町としての一体感を形成することが求められていました。われわれが計画に関わる数年前に、町の中央部に地域拠点となる医療施設が建設されたことから、その周辺に町のコア施設を集合させる構想が基となっていました。そこで具体的な計画に落とし込むための情報整理と調査の依頼を受けたのです。私が担当したのは、町の構造分析です。
地形などの自然環境、人口の分布や変化、行政区と学校区の分類などを図化しながら、公共施設全体の分布を地図上にプロットし、町の構造をレイヤー化する作業を行いました。町全体の公共施設の管理計画にも利用できるよう、各施設の耐震対応の有無などの情報を含め整理したところ、公共施設は幹線道路に沿って分散配置され、行政機能が2拠点化していること、施設の管理状態にバラつきがあることなどが確認できました。地図上で現況を可視化したことによって、行政サービスや公共施設の運用・管理を効率化するためにも町の中央部に新しい庁舎を含めた公共コアゾーンを新設する必要があると示すことができました。
また、町全体の一体感を醸成するという課題がある一方、予算の大部分を占める除雪費の削減や、交通が不便な地域の高齢者の見守りという課題もあり、地域再編を機にそれらの地域課題を総合的に解決することが求められていました。コアゾーンに季節移住できる施設を併設し、雪深い奥地に住む高齢者が冬の間、短期的に移住できるようになれば、見守りがしやすく除雪費の削減にもつながるという構想も盛り込まれました。また、中央部から離れた地域にも行政サービスが行き届くようにするため、主要な道路軸に沿ってコミュニティバスのルートを整備し、公民館の代わりとなるコミュニティステーションを各エリアに配置する提案も盛り込まれました。新庁舎(都市施設)をコアゾーンに再編するというテーマとともに、統合的な地域ネットワークを構築することで地域のさまざまな課題を解決していくことを検討した事例と言えます。
PROFILE
東北工業大学教授
竹内 泰
たけうち やすし
1967年大阪府生まれ。1994年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士前期課程修了後、三菱地所(現:三菱地所設計)入社。2009 年、宮城大学デザイン情報学科准教授を経て、2015年、東北工業大学工学部建築学科准教授に着任。2019年より教授。2020年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士後期課程修了。専門は建築設計、建築計画、建築史、都市史。主な研究活動に、「聖祠の配置から解明する東南アジアの多層的都市文化の漸層性に関する研究」ほか。2022年4月より、株式会社あび清総合計画代表取締役社長。
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Update : 2018.09.21