Q : 2027年完成に向けて「常盤橋プロジェクト」が進んでいますが、東京駅周辺を描いた映画があれば教えてください。
A : 常盤橋プロジェクトのビルが立つ、まさにその場所を舞台にした映画シリーズがあります。「ハナ肇とクレージーキャッツ」をご存知でしょうか。1960、70年代に人気のあったコメディアン、ジャズ・ミュージシャンです。彼らが主演する喜劇映画シリーズ「クレージー映画」が、1962年から72年までの10年間に、30本以上もつくられました。クレージー映画は何種類かに分かれていて、中でも一番人気のあったのが、メンバーの植木等を主演とする「無責任シリーズ」、「日本一シリーズ」です。いずれも主人公がサラリーマンとしてとある会社に入り、引っかき回しながら、それでもうまいこと出世するという物語です。
クレージー映画のなかで、植木等演じる主人公の勤め先が入る建物として繰り返し出てくるのが、常盤橋プロジェクトの敷地である呉服橋交差点のところ、八重洲1丁目にかつて建っていた「大和証券ビル」(1956年)です。愛知県体育館等を設計した建築家、中山克己による設計です。このビルを中心にして、高度経済成長期の街と建物の変遷を見ることができます。
1962年の『ニッポン無責任時代』[図1]では、主人公は「太平洋酒」というメーカーに勤めています。向かいに建っていたのが前川國男設計の「日本相互銀行本店」(1952年)。全溶接やアルミカーテンウォールなど先進的な技術を採り入れた建築で、このビルも映画に映り込んでいます。結婚した主人公が新婚旅行にいくと出掛けていったのに、その途中で車を降りてふたりで電車に乗り、船橋ヘルスセンターに行くというシーンも、実際の丸の内で撮影されています。
1965年の『日本一のゴマスリ男』では、1964年の東京オリンピックを経た都市の変化を、空撮が写し取っています。新幹線や高速道路ができたばかりの頃で、大和証券ビルの北側に見えていた「日本銀行本店」(1896年/設計:辰野金吾)の姿が高架に隠れて見えなくなっています。自動車会社勤務の主人公が美女と車で移動するシーンでは、山田守が設計した「東京中央電信局」(1925年)の在りし日の姿も見ることができます。
1967年の『日本一の男の中の男』[図2]の首都高を車で走っていくシーンは、都市にいることの快楽を感じさせます。この頃には「霞が関ビルディング」(1967年/設計:三井不動産、山下寿朗設計事務所)ができています。オープニングロールを経てたどり着くのはいつもの大和証券ビルではなく、竹橋にある「パレスサイドビルディング」(1966年/設計:日建設計)。今回の主人公はここに入る造船会社に勤めているのです。いつもと違う建物が舞台かと思いきや、ストッキング会社に出向命令が出て、その会社が入っているのは大和証券ビル[図3](笑)。結局ここなのですね。この映画には、丹下健三が設計した「静岡新聞東京支社」(1967年)も出てくるのですが、なんと、建物の中まで撮影に使われているのです。貴重な映像だと思います。
いずれの映画も、たくさんの人が働く高度経済成長期の東京の空撮が続いて、大和証券ビルにクローズアップする。こここそが東京の中心だという印象を与える映像になっています。
(DVD発売中/発売・販売元:東宝)
(DVD発売中/発売・販売元:東宝)
Q : 映画で描かれている1960年代の都市と今の都市では、何か違いがありますか。
A : クレージー映画ではビルの屋上がたびたび出てきます。今見ると面白いのは、屋上でバレーボールをしていることかもしれません。バレーボールと言ってもコートで試合をするわけではなくて、5、6人が輪になってボールを落とさないよう打ち合うというものです。昼休みに屋上バレーに社員が興じている姿が、『ニッポン無責任時代』や『日本一のゴマすり男』などで見られます。当時のテレビドラマなどでもおなじみのシーンでしたが、今では見られない光景です。本当に行われていたのか調べてみると、当時の新聞記事でも取り上げられているので、実際に流行っていたようですね[図4]。
興味深いのは、1988年の市川準が監督した映画『会社物語 MEMORIES OF YOU』でも、屋上でバレーボールをするシーンがあることです。ハナ肇演じる定年退職が近づいた主人公が、家庭や会社でいろいろとうまくいかない中で、音楽をやっていた人を集めてバンドをやろう!と盛り上がるというストーリーです。この時代に屋上でバレーボールをしていた人がいたはずもないのですが、監督はかつてのクレージー映画へのオマージュとして、あえて屋上バレーをさせたのだと思います。この映画で定年間近となったクレージーキャッツのメンバーが働いているのは丸の内のビルなのですが、この屋上シーンは内幸町のビルが使われています。もう丸の内や大手町では屋上でバレーボールをできるようなビルがなくなってしまったのでしょう。しかも使われているビルの屋上はとても狭く見えます。それがこの時代の屋上のあり方を示しています。
バレーボールに興じる人々がいた。
Q : 1960年代の映画で、なぜ屋上が撮影に使われたのでしょうか。
A : いくつかの理由が考えられます。ひとつは、ビルに囲まれていること。それによって、通行人に邪魔されることなく、東京の中心にいることを説明抜きで映像で示せるのです。高さが31mというのも絶妙です。これが100mになると、地上とは隔絶し、都市を俯瞰する視点になってしまう。都市の中にいる、という感覚が薄くなってしまうように感じられます。それにバレーボールもできないでしょう。『ニッポン無責任時代』では、ボールをそらしてしまい、下に落としてしまうシーンがあるのですが、高さ100mからだとシャレになりません。
しかも当時のビルの屋上は広かった。これを最大限に生かして、スペクタクルなシーンが撮られていました。バレーボール以外にもクレージー映画では屋上でいろいろなことが行われますが、最大の見せ場は、植木等が歌って踊るシーンです。『日本一のゴマスリ男』で休憩中の社員の間をすり抜けるように踊りながら、植木等が「元気でゆこう」を歌います。ここで撮影に使われているのは「大手町ビルヂング」(1958年/設計:三菱地所)の屋上です。
『日本一の男の中の男』ではパレスサイドビルを使った素晴らしいシーンがあります。空撮のカメラが上空から近づいていくと、屋上に一人いる植木等をとらえます。設計者の日建設計・林昌二氏が、もうひとつのファサードとしてデザインを整えたというパレスサイドビルの屋上を縦横無尽に動き回りながら、植木等は「そうだそうですその通り」を歌います。クレージー映画でも屈指の名場面と言えるでしょう。
もうひとつ、『日本一の男の中の男』で強く印象に残っているのは、ストッキング会社の屋上のシーン[図5]。そこで主人公は、女性社員を4列に並べて行進させ、宣伝に使える美脚の持ち主を選ぶという、今だったら絶対に問題になりそうなことをやっています。「日本ビルヂング」(1962年/設計:三菱地所)や「丸ノ内野村ビルディング」(1932年/設計:佐藤功一)の時計塔が背景に見えることから、これを撮影したのは「新大手町ビル」(1959年/設計:三菱地所)だと思われます。屋上がいかに広かったのかがわかります。
こうした映画を見ていると、1950年代から60年代に建てられた高さ31mのビルの屋上は、都市における独自のコミュニティを育てうる場所だったのではないか、という気がします。100mを超えるビルが次々と建つようになって、そうした屋上の可能性が失われていきましたが、うまく復活させることができたらおもしろいと思います。
PROFILE
建築ジャーナリスト
磯 達雄
いそ たつお
1963年埼玉県生まれ。1988年名古屋大学卒業、『日経アーキテクチュア』編集部。2000年独立。2002年から編集事務所フリックスタジオを共同主宰。桑沢デザイン研究所非常勤講師、武蔵野美術大学非常勤講師。主な共著書に『昭和モダン建築巡礼・完全版1945-64』(日経BP社、2019年)、『プレモダン建築巡礼』(同、2018年)、『菊竹清訓巡礼』(同、2012年)、『ポストモダン建築巡礼』(同、2011年)、『ぼくらが夢見た未来都市』(PHP研究所、2010年)、『昭和モダン建築巡礼 西日本編/東日本編』(2006年/2008年)がある。
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