トップ画像:池袋西口公園プロジェクト (2019年度開園予定、設計:三菱地所設計・ランドスケーププラス)
Q :21 世紀以降、今のトレンドはいかがでしょうか?
A : ハード面(施設計画)については、先ほども触れたように施設改修・改築計画が盛んです。全国各地には数多くの老朽化した施設があり、特に東日本大震災以降は、耐震化・天井脱落対策が急ピッチで進められています。しかし、ご存知の通り昨今の建設費高騰は深刻で、工事入札の不調が各地で起こっています。新たな発注方式など、建設業界も大きな転換期を迎えています。
また、公共施設としては他機能との複合化、事業の長期化が特徴です。図書館、美術館などの文化施設だけでなく、スポーツ、福祉、観光などとの複合化も図られています。例えば、大和市芸術創造拠点シリウス(2016年)[写真1]は、ホール(1000席のメインホール+平土間にもなるサブホール)、図書館、子育て支援、生涯学習機能が一体となった建物ですが、年間300万人動員と非常に稼働率が高くなっています。サントリーホール(2000席+400席)でも年間動員数は60万人ですから、シリウスは図書館の力も大きいですが、非常に多くの動員数となっています。今、公共施設は利用者数や稼働率がシビアに問われる時代ですので、高い注目を集めています。また、大規模都市再開発プロジェクトの中に設置されることも多くなってきました。ホールや劇場を設けることで容積率が緩和されることも増えている要因になっています。PFI方式、等価交換方式、定期借地権方式の利用など、民間活力の導入も一般的になってきました。最近の例としては、渋谷公会堂の建て替えプロジェクト(2019年10月開業予定)があります。敷地内にマンションを建てるかわりに区役所とホールも併せてつくり、区の負担なしで老朽化した公共施設を建て替えるというものです。
最近特にニーズが高まっているのがMICE(マイス)機能です。Meeting(会議・研修・セミナー)、Incentivetour(招待旅行)、ConventionまたはConference(国際会議・学術会議)、Exhibition(展示会)あるいはEventの頭文字をとったもので、要は集会施設です。今、計画・建設が進んでいる施設、例えば水戸市新市民会館が2000席、姫路市文化コンベンション施設が2000席、熊本城ホールが2300席となっています。国際会議対応では3000席規模が欲しいという例も増えています。建て替え検討中の中野サンプラザは当初の1万人アリーナ計画を撤回し、今は2000〜3000人規模のホールをつくる計画になっています。また、釜石市民ホールTETTO(2017年)[写真2-4]は、震災復興における文化機能の復興、防災機能という位置付けでつくられています。
ソフト面(管理運営計画)については、文化芸術立国に向けた法整備や、補助金制度の充実が進められています。指定管理者制度の見直しも行われ、我々のような民間企業も公立ホールの運営に参画できるようになり、今、4つの公立ホールを運営しています。また、教育システムも充実してきています。兵庫県が2021年度、演劇と観光に特化した専門職大学を、劇作家の平田オリザさんを学長に迎えて開学する予定です。実は私は1990年頃から、大学で「アートマネジメント教育」に携わっています。劇場で働く人は資格不要なのですが、舞台というのは実は危険な職場でもあります。劇場のマネジメント教育はますます必要になっていくと思います。また、今は劇場技術者の専門分野は、舞台美術(大道具)さん、照明さん、音響さんの3部門が中心ですが、これからは映像さん(プロジェクション)の比重も大きくなっていくと思います。
(開館:2018年/設計:佐藤総合計画+清水建設/劇場コンサルティング:シアターワークショップ)
(開館:2017年/設計:aat+ヨコミゾマコト建築設計事務所/劇場コンサルティング:シアターワークショップ)
Q :これからの劇場・ホールについて、展望を教えてください。
A : 第四世代、我々が2020年代に目指す次世代型劇場・ホールとして、次の6つのキーワードを挙げています。
1.アートなまちの、アートなくらし
劇場が舞台芸術好きの人たちのためだけではなく、みんなの空間になるように、アートのジャンルの垣根を取り払い、生活文化や食文化も含め、日常的な生活の中に大きなアートがあるくらしを実現したいと思っています。アーティストたちが身近に生活し、創造過程を垣間見ることができるようなまちをつくりたい。例えば、2022年度に開館予定の扇町ミュージアムキューブは、総合病院を中心に、劇場、カフェ、キッチンスタジオ、子ども英会話教室を併設する複合施設です。病院と芸術文化の合体という新しい試みも始まっています。
2.文化運動体の設立
Jリーグのサッカークラブ組織のアート版のような、底辺を拡げ、段階的に頂点を高めていくための仕組みづくり、組織づくりを考えています。そのためには行政の下支えや、専門家のサポートが必須です。つまり、第一世代から第二世代、第三世代が部分的にやってきたことをトータルに行う運動体を確立しようとしています。
3.新たな音楽ホール
クラシック音楽だけが音楽ではないのですが、既存の音楽ホール、とくに公共ホールはクラシック音楽に偏っています。若い年齢層はポップスファンが多く、すでにロックも音楽として定着しています。しかし、クラシック音楽を重視するホールでは、音響的にクラシック音楽とは全然違うので使いづらい。ライブハウスやクラブのような電気音響を使用する音楽専用のホールも、もっと増えるべきだと考えています。
4.シアターコンプレックス
「シネマコンプレックス」の10室くらいある映画館を、すべて「シアター」に置き換える施設を提案しています。パフォーミングアーツセンターのように、新たな舞台芸術作品を生み出すためには、各種の稽古、道具や衣裳の製作、音づくりなどの創造空間が必要不可欠です。劇場を長期間利用し、実際の劇場を使って作品づくりができるのがベストですが、そういう場がありません。とくにアマチュア劇団にとっては小規模な劇場でもいいので、長期間借りられるホールが必要です。都心に600席という微妙な席数の劇場をひとつつくるのであれば、100席×6劇場の方が稼働率は上がると思います。複数の小劇場を集積させれば、毎日どれかの劇場では公演が行われるでしょうから、シネコンのように観客はいつでも何かしらの公演を観ることができます。また、アーティスト同士の交流が生まれやすいので、さらに新しい活動の展開が期待できます。
5.究極の専用劇場/超多目的ホール
専用化を突き詰めた究極の専用劇場とは、ひとつの作品のひとつの演出のためにつくられた劇場ではないかと思います。劇団四季のキャッツ・シアターは、ご存知のように今も各地に建設されていますし、シルク・ドゥ・ソレイユの米・ラスベガスにある“O”シアターも有名です。一方で、舞浜のディズニーリゾート内にあったシルク・ドゥ・ソレイユ専用劇場は、2012年にリニューアルされて、今、舞浜アンフィシアターという多目的ホールとして高い稼働率を実現しています。半円形のステージとすり鉢状の客席が特徴で、立地が抜群なので、音楽ライブだけでなく式典や講演会、ファッションショーなど、幅広い用途に使えます。従来の多目的ホールは舞台芸術のジャンルに対する多目的性を意味していましたが、舞台芸術の範囲を超えた用途もカバーするホールも誕生しています。
6.魅力的な劇空間の探求
空間自体にドラマがある、あるいは歴史の重みを持つ空間を劇空間としてもっと活用したいと思っています。有名なところでは、大谷石地下採掘場跡。こういう場所には現代建築は絶対にかなわない。米・ニューヨークのオフブロードウェイで上演されている“Sleep No More”はホテルの館内すべてを使った演劇です。各客室で物語が同時進行するので、観客は全てを見ることができません。行ったことがある人は、みんなもう一回観たいと言います。もともとショービジネス好きの我々は、こういうものに非常にワクワクします。非劇場空間を劇場化することで、唯一無二の劇空間になる。あらゆるところが魅力的な「新しい広場」となりうる時代が、やってこようとしています。
「TACHIKAWA STAGEGARDEN(2020年春オープン予定/設計:山下設計)」。
立川駅北側で開発中の「(仮称)立飛みどり地区」内に 2500席規模のポップスを中心とした音楽ホールを計画。
「池袋西口公園プロジェクト」では、劇場としての舞台棟のコンサルティングを行っている。
PROFILE
代表
株式会社シアターワークショップ
伊東 正示
いとう まさじ
1952年千葉県⽣まれ。早稲⽥⼤学理⼯学部建築学科卒。同⼤学院で劇場・ホールについて研究。在籍中より⽂化庁(仮称)第⼆国⽴劇場(現:新国⽴劇場)設⽴準備室の⾮常勤調査員として活動。1983年、⾹川県県⺠ホールの計画を機にシアターワークショップを設⽴。⼀般社団法⼈⽇本建築学会、公益社団法⼈⽇本建築家協会会員。劇場演出空間技術協会理事。劇場芸術国際組織⽇本センター副会⻑、建築・技術委員会委員⻑。2008年「職能としての劇場コンサルタントの確⽴と⼀連の業績」で⽇本建築学会賞(業績)受賞。
執行役員
株式会社シアターワークショップ
丸山 健史
まるやま けんじ
1980年東京都⽣まれ。早稲⽥⼤学第⼆⽂学部在学中に社⻑の伊東と出会う。卒業後、映像制作会社に就職。宣伝部に所属し、イベントのプロジェクトにも携わる。その後、⽂化エンタテインメント担当としてメーカーの都市開発プロジェクトに参加した後、シアターワークショップに⼊社。
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