Q : 「NICCA INNOVATION CENTER」での2018年度JIA日本建築大賞受賞、おめでとうございます。同大賞の受賞は、日本建築学会賞とのダブル受賞で話題になった「ROKI Global Innovation Center -ROGIC-」に続く2度目ですが、いずれも研究施設ですね。
A : 研究施設を設計していると、その企業の組織としてのあり方や社員の働き方、どうやってモチベーションを高めるか、ポテンシャルを発揮させるか、そういうことを一緒にクライアントと考える機会が多くなります。僕はそこから、アイディアが生まれる空間ってなんだろうとか、これからワークプレイスはどうなっていくのだろうかとか、「働く」環境についていろいろ考えることが多くなりました。
そんな時に、「2050年以降に世界人口が減り始めるかも知れない」という話をきいたのです。人類は誕生以来、右肩上がりで人口が増え続け、とくに産業革命以降は爆発的に増え続けてきました。ご存知の通り日本ではすでに人口減少が始まっていますが、約30年後には地球規模においても、増え続けるという経験しかしてこなかった人類史上初めての事態が起ころうとしているわけです。今は爆発的に増え続ける世界人口に対してどうやって地球を維持していくのかが問題になっていますが、減り続けるとどういう問題が起こるのか。目下の日本で叫ばれているような労働力不足が世界中で起こるとどうなるのかなど、最近よく考えます。この話は今、盛んに耳にする「イノベーションを起こす」ということとリンクしているのではないかと思っていて、2001年の米・SF映画『A.I.』のような人間とロボットが共生する世界が現実になろうとしているのではないかと。知識・技能の蓄積、ルーティン作業、重労働などはロボットに任せて、我々人間には、もっと解決力、とくにコミュニケーション力、あと創造力。そういうものが必要だということがわかってきたということです。
僕らのクライアント企業は、100年スパンで物事を考えていくところもあれば、目の前のことを一生懸命解決していくところもあります。ただ技術は2年ごとの短い期間でどんどん変わっていくそうで、あまりもう技術を追いかけることもしないし、人間(社会)のニーズも10年ごとに変わってしまうと言います。したがって我々が設計する際に企業と議論するのは、次なる100年後を見据えたビジョンをどう考えるか、自分たちがどう変わっていくべきかということです。
Q : 具体的に、クライアント企業とどのような議論をされていますか?
A : 企業とイノベーションの関係については、みなさんご存知かもしれませんが、1962年に米・スタンフォード大学のエヴェリット・ロジャース教授が提唱した「イノベーター理論」と、1991年、これをベースに経営コンサルタントのジェフリー・ムーア氏が提唱した「キャズム理論」がよく知られています。イノベーティブな商品やサービスを市場全体に浸透させていく際のマーケティング理論で、消費者を思考・傾向別に5つに分類し、普及の段階を示します。イノベーターやアーリーアダプターと呼ばれる、新しいことにチャレンジしたり発明することを好み、創造性やコミュニケーション力がある人たちが全体の16%。この2段階までの普及は比較的容易です。その次のアーリーマジョリティやレイトマジョリティと呼ばれる世間一般的な人たちが68%と大部分を占め、ここまで普及すればメインストリームと言えます。残りの16%がラガード(怠け者という意味)と呼ばれ、進歩よりこれまでの慣習を重んじる人たちです。「キャズム理論」では、この5段階の中で「アーリーアダプター」から「アーリーマジョリティ」に進む際のハードルが最も高く、大きな溝「キャズム」があるとされています。これを、ひとつの企業、ひとつの共同体における人口分布に当てはめて考えることができます。一般企業も、イノベーター+アーリーアダプターの割合(16%)と、ラガードの割合(16%)がほぼ同じで、その間に圧倒的な大多数である68%の人たちがいる。そして、やはり「アーリーマジョリティ」から「アーリーアダプター」になるには、とてつもないジャンプが必要だと言われ、そこには「キャズム」があるのです。部署を大異動するとか、何か圧倒的な事件が起きない限り、自分ではジャンプできないようで、これに悩んでいる経営者は結構多いです。僕は空間を変えることと、このキャズムをジャンプすることはリンクすると考えています。ある意味、引っ越しに近いですね。アパートから一戸建てに住み替えると、今までにないことを考えたりするような。なので、僕はよく「建築プロジェクトはキャズムのジャンプだ」と言っています。
Q : 日本企業はイノベーションを成功させることが難しいと言われますが、どのような組織変革や空間が有効でしょうか?
A : 最近注目を浴びている新しい組織のあり方に「ティール組織」があります。社長、部長、課長などのヒエラルキーは存在せず、指示命令系統がない信頼で結びついている「生命体のような組織」です。社員自身が自由な発想で活躍できる進化型組織とも呼ばれ、日本企業に多くみられるピラミッド型組織とよく比較されますが、僕は、両方にいい面があると思っています。ティール組織は新しいイノベーションを生み出しやすいと言われていますが、自分が認められないと分かった瞬間に出て行ってしまいます。一方、ピラミッド型は自分のアイディアを実現するために一生懸命になるし、離職率が低い。とくに日本企業はピラミッド型のなかでもある意味強い信頼で結びついた「家族のような組織」が多く、それはそれでいいじゃないかと。そうそう変わるものではないと思っていますし、アイディアがいろいろ出てくる環境を整えれば、新しいイノベーションを生まれる可能性は十分にあると考えています。では、どんな空間が必要かというと、例えば、ケンブリッジ・イノベーション・センターの研究資料によれば、研究者間のコラボレーションの頻度は主に研究者同士の物理的距離で決まると言うんですよね。同じフロア、同じ通路側にいるとコラボレーションする割合は10.3%。それがフロアが異なる時点でもう0.3%に落ちる。結局距離なんですね。こういうことに設計者はもっと愚直に意識的にならないといけないなと思います。敷地が狭いからフロアを単純に積層させて終わりなのか、それでもどうにか集まるための工夫をするのか。それによって圧倒的にアウトプットが違うということを意識して、僕たち設計者がもうちょっと空間にもっと貪欲になっていくべきではないでしょうか。
PROFILE
建築家
小堀 哲夫
こぼり てつお
1971年岐阜県生まれ。97年法政大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程(陣内秀信研究室)修了後、久米設計に入社。2008年小堀哲夫建築設計事務所設立。17年「ROKI Global Innovation Center -ROGIC-」で日本建築学会賞、JIA日本建築大賞を同年にダブル受賞する。2019年に「NICCA INNOVATION CENTER」で、2度目のJIA日本建築大賞を受賞。BCS賞、AACA優秀賞など多数受賞。そのほか主な作品に「昭和学園高等学校」「南相馬市消防防災センター」、最新作に「梅光学院大学 The Learning Station CROSSLIGHT」がある。
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Update : 2018.09.21