静嘉堂文庫は大正13年に建てられた岩崎小弥太の私立図書館であり、残された図面を見ると何度か増築があったことが分かる。ここでは昭和8年に行われた書庫の増築を取り上げたい。増築といっても部屋を増やしたりするのではなく、陸屋根を勾配屋根にするための増築である。3階建ての陸屋根を部分的にはつり、鉄筋コンクリートの梁で補強し、緩やかなカーブを持つ勾配屋根が新設されている。この屋根は今も健在である。
雨どいや軒先の繊細な造形をすべてコンクリート躯体で実現した力量もさることながら、折り曲げることで効率よく使われた主筋など、構造上の工夫も随所に見られる。また、従来までインチ(“)表記されていた鉄筋のサイズが、このあたりからミリメートル(mm)表記されているのも興味深い。鉄筋の規格が変わった時期なのだろうか。
しかし、何より腑に落ちないのが、なぜ勾配屋根が増築されたのかということである。まず、考えられるのは雨漏りであるが、増設前の躯体は水勾配がしっかりとられており、トップライトなど雨漏りの原因となりそうな箇所は見られない。
現実的な理由として考えられるのは、国威発揚の時代背景に後押しされ、帝冠様式として勾配屋根を増築したという説である。東京国立博物館のコンペで帝冠様式が当選するのがこの図面の2年前(昭和6年)であるから、時期的にも十分考えられる。さらに静嘉堂が主に中国の古美術を収蔵する目的があったことを踏まえると、屋根が中国風の反りを持つデザインであることもうなずける。
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谷口 洵
たにぐち しゅん
現代では当たり前の設計方法も、先人たちが苦労を重ね築いてきた歴史があります。単に古い図面というだけでなく、なぜ私たちが今の設計をしているのか、古図面からそこまで読み解けた瞬間、最高の気分になります。
Update : 2019.09.01