Q : 日本では戦後誕生したといわれる
「インダストリアルデザイン」とは、どのような職能でしょう?
A : ひと言でいえば「夢をカタチにする」仕事です。19世紀、産業革命が起こった英国で、発明狂時代(Victorian Inventions)というのがありました。技術革新によって何でもできると、皆が夢見た時代です。ここがインダストリアルデザインの出発点です。インダストリアルデザイナーは楽天的な人が多い。皆「未来は明るい」と信じていた。SF映画に登場する家電や車がまさにそうで、「これがあったら最高だ」と思うモノを対象に、日々デザインしてきました。
私の所属するGKは「Group of Koike」の略で、1952年、インダストリアルデザインを志す東京藝術大学の学生グループが、担当教官・小池岩太郎助教授の名を冠し、榮久庵憲司をリーダーに活動を始めました。ごく初期に手がけたのがヤマハ発動機(当時は日本楽器製造)の「モーターサイクル “YA-1″」です。時代はまさに戦後復興期から高度経済成長期に突入しようとしていた頃で、デザインといえば欧米的な嗜好一辺倒でした。そんな中、戦時中はプロペラをつくっていた日本楽器製造(現ヤマハ)が、社運をかけ開発したモーターサイクル第1号車をGKに依頼したのです。GKは部位の細部にわたってデザインしました。黒一色の時代に、「栗毛の駿馬」をイメージした茶褐色とクリーム色のツートンカラーは、当時としては斬新で、その高い性能とともに人気を博しました。
その後、60年以上にわたってGKはモーターサイクルのデザインを手がけています。モーターサイクルは「馬」の代替です。骨格(フレーム)があって、足(車輪)があって胃袋(タンク)もある。口(吸気口)から空気を吸い込んで、酸素が心臓(エンジン)を動かす。排気は器官(エグゾーストパイプ)を通って放出(マフラー)される。こうしたGK流の見立ては伝統になっています。新商品の開発は、どのような性格・機能をもつ「馬」をつくろうか、という話し合いから始まります。もちろん部品一つ一つはその機能が重要であり、ルイス・サリヴァンの「形態は機能に従う(Form Follows Function)」であるわけですが、どのような関係性を持って全体をつくるか、ということが馬の性格につながります。目指すのは、まさに「人機一体」。人と機械が同時に危険を察知して同時に回避する。「人がどうしたいか」と「機械がどう動くか」、瞬時にその意思疎通ができるかどうか、ここがモーターサイクルの肝だと考えています。人と機械の心が一つになる瞬間が、ものづくりの一番面白いところではないでしょうか。
Q : 商品そのもののありようからデザインされているのですね。
A : 時代の変化や技術の進化とともに、デザインの役割 ——— つまり「何を」デザインするかも変わってきました。例えば、先の”YA-1″と同時期にデザインした、ヤマハのオーディオ機器「Hi-Fiチューナー “R-3″」は、機能と外観が一体となった上で、シンプルかつ明快なデザインが特徴です。ダイヤルの位置、大きさ、メーターの動き、端正なプロポーションは極めて日本的です。その後、1980年にデザインしたのが「ステレオパワーアンプ “B-6″」。この頃になると電子技術が進歩し、中身はコンパクトになり、内部と外部の関係が稀薄になります。外観は自在にデザインできるようになると、形態は機能よりも、どんな「意味」があるのかが重要になる。ルイス・カーンが「形態は機能を喚起する(Form Evokes Function)」と言ったように、形態に、これがどんなものなのかを呼び起こす力が求められるのです。このパワーアンプでは、ピラミッド型の四角錐形態でその「高品質パワー」を表現しました。
また、GKの代表作であり、今日も変わらぬデザインで親しまれているキッコーマンの「しょうゆ卓上びん」は、注ぎ口のキレの良さだけでなく、使う時の所作の美しさを追求したデザインです。首のあたりを3本の指でつまみ傾けていくと、重心が下にあるため右手の肘を左手で支えることになる。これが世界100カ国に輸出された日本食の作法です。また、公共交通も長年手がけています。JR東日本の成田エクスプレス、JALの旅客機のシートやインテリアのデザインは、いずれも日本のナショナルブランドとなるものです。インテリアなど移動の快適性はもとより、利用者に対する「迎賓の心」を意識して、「赤色」を各所に配しています。サブカラーの黒と白とともに、日本を連想できるデザインコードです。都市環境の分野では、西新宿のシンボルとなっている「サインリング」。信号・照明・サイン・カメラなどの機能をこのリングに一体化しました。交差点に必要な機能に加え、この場所の象徴性を思考し、新たな風景を生み出しました。
(キッコーマン / 1961年)
Q : 日常的によく目にするものの多くを手がけられていますが、GKは一般的には知られていないように思います。
あまり表にGKの名前を出さないのはなぜですか?
A : そもそもインダストリアルデザイナーで有名な人は、カーデザイナーくらいじゃないでしょうか。工業製品は日常生活の中で量産され、空気のように使われています。榮久庵憲司も業界では著名であっても、世間では知られていない。普段使っているモノを誰がデザインしたか、世間はそれほど興味をもたないのではないでしょうか。デザイナーよりもメーカー名、メーカーブランドが重要なのです。私たちのクライアントはそのブランドを強化したいと願っている。紹介したGKの作品はほんの一部、この何十倍、何百倍の対象を日々デザインしています。また一方で、GKが得意なのはB to Bの世界です。産業機械、建設用重機、医療用機器、精密工具など、プロが誇りをもてるようなモノをデザインしてきました。インダストリアルデザイナーは基本的に縁の下の力持ち的な存在だと思っています。あと、工業製品は一人ではできない領域だから、だれがデザインしたか言い切れないところがある。やっぱりエンジニアの方がすごい!と思う瞬間もたくさんあります。
とはいえ、GKのファンは結構います。実際に一緒に仕事をして信頼関係を結んだ人たちです。「これやっぱりGKさんですか、何となく分かります」と言ってくれたときは、一番嬉しいですね。
PROFILE
株式会社GKデザイン機構 取締役相談役
山田 晃三
やまだ こうぞう
1954年生まれ。愛知県立芸術大学美術学部卒。79年GKインダストリアルデザイン研究所(現GKデザイングループ)入所。GKとマツダ株式会社との合弁によるGKデザイン総研広島代表取締役社長を経て、12年GKデザイン機構(GK Design Group Inc.)代表取締役社長。16年より現職。公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会理事、公益財団法人日本デザイン振興会(JDP)Gマーク審査員フェロー。九州大学大学院芸術工学研究院非常勤講師。道具学会監事。
GKクループ http://www.gk-design.co.jp/
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Update : 2018.09.21