三菱地所設計は2020年9月で創立130周年を迎えます。
長年の歴史の中で培われてきたアイデンティティにはどんなものがありますか。
国府田:われわれのルーツは130年前の1890年に、草っ原の広がるここ丸の内をオフィス街とするために三菱社に設置された丸ノ内建築所です。ただ、三菱地所設計として分社したのは2001年と20年ほどの歴史で、日本で最も歴史あるインハウス事務所でありながら、最も新しい設計事務所でもあります。われわれのコアバリューは「都市への洞察力」と「本質と品質の追求」、さらに「総合設計力」を加えたもので、丸の内での取り組みを代表とする常に都市を意識しながら設計を行うというマクロな視点と、建物を長く安全にもたせるためものづくりを追求するミクロな視点を持っているのが特徴だと自負しています。
都市や建築の持続再生を重視されているのですね。
では、加藤さんは「線の建築史」という考え方を提唱されていますが、
時間と建築・都市についてどのようにお考えですか。
加藤:私は『時がつくる建築:リノベーションの西洋建築史』(東京大学出版会、2017年)にて、リノベーション建築の再評価を試み、「点の建築史から線の建築史へ」ということを謳っています。従来の建築史は竣工年を羅列したカタログだったのですが、例えばローマ帝国の絶頂期に建設された各地の円形闘技場は、ローマ帝国が弱体化すると軍事要塞の一部として使われ、再びヨーロッパが安定を取り戻すとそこに人が住み着いて集合住宅になったというような、今まで見落とされてきた時間の中で建築の価値が変化していく歴史を「線の建築史」と呼んでいます。また、長い期間引き継がれた建築では、既存建築を自然地形のように捉えたり、既存建築の歴史的・文化的・象徴的な意味を重視する建築観(再利用的建築観)が現れます。それも「線の建築史」として考えると見えてくることなのですが、そこに建築のアフターライフを考えるリノベーション等への現代的な意義があるのではないかと考えています。
17世紀のアルルの円形闘技場。
内部に人びとが住み着き、都市のようになっている。
丸の内で街をつくり続けてきた三菱地所設計の取り組みは、
加藤さんの「線の建築史」と通ずるところがありますね。
国府田:加藤さんの著書を拝読して、いくつか思い当たった当社のプロジェクトがありました。ひとつは、徳島県の「徳島東京海上日動ビルディング」で、竣工から約40年ほど経過したオフィスビルのリノベーションです。既存ビルはすべて特注品の煉瓦タイル貼りで、長年この街の風景をつくり出していたので、この煉瓦タイルを再利用しました。こうして親しまれていたものを残しながら、内部は新しくなっていて、クライアントにも非常に喜ばれました。当社の担当者が、新築のプロジェクトをひとつ設計するよりも、既存の建築と向き合いながら少しずつ手を加えていくプロセスが楽しかったと言っていたのが印象的でした。もうひとつは1958年に竣工した「大手町ビルディング」のリノベーション(p.166参照)です。外壁から分かるように大規模な改修を行いました。われわれは1894年竣工の「第1号館」をスタートとして丸の内でオフィス街をつくり上げ、1960年前後からは第2次開発として今も残る軒高100尺(31m)のビル群を、さらに2002年竣工の「丸の内ビルディング」(p.032,052参照)を皮切りに第3次の再開発プロジェクトに取り組み、時代に合わせて街を更新してきましたが、「大手町ビルディング」はリノベーションという選択をしました。オフィスのバリエーションを増やして多様なテナントニーズに対応すると共に、再開発により高層化する都市景観に歴史の重層性を加えてより街の魅力が増えることを目指したのです。
加藤:「徳島東京海上日動ビルディング」でクライアントがとても喜んだとのことでしたが、時間の経過と共に建物の魅力が増していくには、設計者と建物を使っている人が、共にその建築に喜びを見出さないと実現できないと思います。これは丸の内での三菱地所設計がまさにそうで、この街に暮らしながら街をデザインし続けてこられていて、使用者(クライアント)であり同時に設計者であるという、両方の立場から建築・都市の喜びを見出すため模索してこられたのだなと感じました。ともすると、丸の内の歴史を考えると創立当初の明治期だけに価値があると言われがちですが、明治期も、合理的に床を増やすことが求められた高度成長期の時代も、丸の内の歴史のひとつとして、それぞれを活かしながら新しいものを取り入れ、街の魅力を増していくことが試みられています。私が「線の建築史」で考えていたことが、この丸の内では先駆的に取り組まれているように感じました。
国府田:われわれの強みのひとつに「継承設計」という考え方があります。丸の内で実践している都市や建築の歴史的価値を受け継ぎながら、未来へ向けて新たな価値を創造する設計という意味が込められていて、まさに加藤さんにおっしゃっていただいた「線の建築史」を感じる取り組みにもつながっているのではないかと思います。また、130年前に丸の内という都市をつくるところからスタートしたわれわれには、統一された設計手法というものはありません。しかし、単体の建築だけでなく常に都市や周辺建物・環境を考慮した設計というものが受け継がれてきているように思います。例えば、旧「丸ノ内ビルヂング」(p.129参照)のアーケードに代表されるような貫通通路がそのひとつです。これは都市の歩行者ネットワークを建物内に取り入れることで、賑わいを活性化させる役割を担っています。
上/ 「 徳島東京海上日動ビルディング」(2019年竣工)西側外観。
既存の特注大型煉瓦タイル貼りの外装を再利用。
下/改修前の西側外観。
加藤:歴史から見ていくと、ひとつの建築にも、ずっと残っていく「強い構造」と、どんどん更新されていく「弱い構造」があると分かります。丸の内の場合では、貫通通路はひとつの「強い構造」となっているのではないでしょうか。柱のスパンを揃えて、貫通通路が設けられ、それにより隣の建物とつながっていくということが、その街のアイデンティティをつくる背骨みたいなもので、それがあるからこそ、長い時間の中で継続性が出てきているのではないかと思いました。
現代の日本は、成長の時代から縮小(成熟)の時代へ移行し、
さらに新型コロナウイルスの影響で社会構造そのものの変革が迫られる中、
今後どのように都市や建築と向き合っていくべきでしょうか。
加藤:新型コロナウイルスの影響で、リモート勤務となり、授業もオンラインでの開催が続いています。実際に行かなくてもリモートで授業や会議ができることが分かってしまい、これから社会が大きく変わっていくでしょう。その時、建築の役割とは何なのか、根底から再考しなくてはいけない時代にきているのだと思います。おそらく、大学や会社にわざわざ行って授業を受ける、仕事をするということに、合理性や機能性ではない価値を求めることになるでしょうから。その場に行かないと体験できない魅力ある建築空間や都市空間をつくることが、ますます大事になるように思います。
国府田:当社でも新型コロナウイルスによる緊急事態宣言を受けて2カ月ほどリモート勤務が続いており、オフィスの概念が崩れ、どういう役割を担う場所か、残すべきものと変えるべきもののバランスが変わったように感じました。もちろんオフィスでは、人と会うというフォーラム的な機能がいちばん大事だと思うのですが、さらにもう少し、自宅では得られない人間の本能に応えるような、新しい価値観も出てくるかもしれません。
130年の歴史を持つ三菱地所設計は、
これからのどのように歴史に学び、変化していくべきでしょうか。
国府田:丸の内をスタートに、培ってきた130年という経験を活かし、さまざまな場所で、建築だけでなくその周辺環境を受け継ぎながら未来につなげていくことをさらに進めていきたいですね。これは「環境の再利用」と言えるかもしれませんが、建築ストックに限らず、周辺環境もしっかりと読み込み、その場所の持つ多様な価値を広げることで、われわれはその担い手となって、都市の魅力の向上に貢献していきたいのです。
加藤:時間の中で建築の魅力が増していくためには、建築を使う人がいかにその建築に愛着を持ち続けられるかが大事なのだと思いました。設計は、建築の時間で考えると点にしかすぎませんが、その後のさまざまな使う人たちによって線が生まれ、また次の変化が設計という点で起こるという、点と線の繰り返しで建築の歴史や都市の歴史ができていることを改めて感じました。また、今回お話をお伺いして、三菱地所設計が丸の内で、まさに建築や都市の魅力を引き継ぐ取り組みを130年かけて実践されてきたことを知り、この経験は他にはない非常に大きな価値だと思いました。ここでの取り組みから、ぜひ日本、あるいは世界の建築や都市に影響を与えていくよう発展してほしいですね。
加藤 耕一
かとう こういち
1973年 東京都生まれ
1995年 東京大学工学部建築学科卒業
1997年 東京大学大学院工学系研究科
建築学専攻修士課程修了
2001年 同博士課程修了、博士(工学)
2002年 東京理科大学理工学部 助手
2004年 パリ第IV大学(Paris-Sorbonne)客員研究員
2009年 近畿大学工学部 講師
2011年 東京大学大学院工学系研究科 准教授
2018年─ 現在、東京大学大学院工学系研究科 教授
国府田 道夫
こうだ みちお
1960年 神奈川県生まれ
1983年 東京工業大学工学部建築学科卒業
1985年 同大学大学院修士課程修了、
同年三菱地所入社
1995年 ペンシルバニア大学大学院修士課程修了
2001年 三菱地所設計
現在、同社専務執行役員